人気ブログランキング |

鈴信博堂の似顔絵日記

suzunobu.exblog.jp
ブログトップ

タグ:キャスター ( 8 ) タグの人気記事


2009年 02月 04日

ストレス解消の為にテニスを始めたらしい。【草野満代】

c0119436_8565996.jpg
c0119436_8561865.jpg
この題字は三菱鉛筆ボールペン「ジェットストリーム」で直筆したものです。

草野満代、1967年2月4日生まれ。(今日が誕生日)
人生が変わる1分間の深イイ話で本人の投稿で「ストレス解消の為にテニスを始めたが、一番ストレスを解消するのはコーチの顔面を目掛けてサーブをする」と発言した。司会の島田紳助から「こんな事を言ったらお茶の間の好感度を下げるだけ」「恋愛をまともにしていないからストレスがたまるんだ」と言われた。ストレスは現代社会に生きている誰もが感じている。しかしながらその解消法の上手下手で、精神的・肉体的にも大きな変化を及ぼすのがストレスだ。私の場合、文字を書くと言う作業もその解消法のひとつであるが、好きなことに集中している時間が効果的な気がする。逆に何もしないでいる時間は不安になってくる。常に動いていないとダメな回遊魚体質なので、忙しいくらいがちょうどいい。癌の原因も多くがストレスだという。切っても切れない関係なら、できるだけ上手く付き合いたいものだ。

by suzunobu-nigaoe | 2009-02-04 23:59
2008年 12月 24日

先祖には戦国時代の武将長野業政がいる。【長野智子】

c0119436_8241082.jpg
c0119436_8244492.jpg


長野智子、1962年12月24日生まれ。(今日が誕生日)
曾祖父は、日米修好通商条約の批准書交換の派遣船(米国軍艦「ポーハタン号」)で渡米し、明治維新後は新政府に勤めた長野桂次郎(立石斧次郎)がいるらしい。笑いも分かる才女である。先祖に有名な武将とか偉人がいる人というのは、最初から沢山の目に見えない貯金を持たされて生を受けているような気がしてならない。これとは逆に負の借金を抱えて生まれ出ずる人だっている。その額は目に見えないので分からないが、生前の何かによって決められているとしたなら恐ろしい(^_^;)しかし、与えられたものは不変ではない。自ら変化させることこそが生きていく意味なのかと感じる。今日タレントの飯島愛さんの死が伝えられた。36歳の若さだった。ご冥福を祈りたい。

by suzunobu-nigaoe | 2008-12-24 23:59 | 1960-1964(45~49才)
2008年 09月 05日

お幸せに。【渡辺真理】

c0119436_4202894.jpg

渡辺真理、1967年6月27日生まれ。神奈川県横浜市中区出身。血液型O型。国際基督教大学教養学部人文科学科卒業後、1990年にTBSにアナウンサーとして入社。1991年4月に朝のワイドショー『モーニングEye』のキャスターに抜擢される。このほか、最後の出題アシスタントとなった『クイズダービー』をはじめ『そこが知りたい』『スーパーサッカー』など多方面で活躍し、TBSを代表するアナウンサーとなる。1998年3月に退社するまでの半年間は、唯一のレギュラー番組・ラジオ『MELODY MARKET』のほかは世界フィギュアスケート選手権中継のナビゲーターを務める程度だった。なお、『TBS50年史・資料編』では「1998年2月退社」となっている。

その後、フリーアナウンサーに転身し、TBSの先輩である久米宏にそのキャラクターを買われオフィス・トゥー・ワンに所属。小宮悦子の後任でテレビ朝日『ニュースステーション』のサブキャスターに抜擢され、2004年3月の番組終了までコンビを組んだ。現在、朝日放送制作・テレビ朝日系のビートたけし司会の『最終警告!たけしの本当は怖い家庭の医学』でアシスタントを務めているほか、各ラジオ番組にも出演している。2006年秋からはラジオ番組『BATTLE TALK RADIO アクセス』にて、TBS退社後約8年半ぶりに古巣での仕事を行う。

フジテレビ社員、高井一郎と2008年8月27日に結婚したことが、2008年9月4日に所属事務所より発表された。まずは、結婚おめでとう。彼女の印象はどこか暗い影が付きまとってはいたが、幸いにも長きに渡りテレビに露出しているところは彼女の魅力なのだろう。41歳での結婚は今のライフスタイルから見れば、人それぞれでいいのかもしれない。機が熟すと言う言葉があるが、人によってちょうど良い時と言うのは異なるものだ。私の家系はいい悪いは別問題として、みんな早くしてご縁を頂く運命にあるようだ。自分で決めるところと、自然とそうなってしまうところ、それはそれでいいんじゃないかな(^_^;)結果オーライであれば。決め付けないで生きたほうがストレスは少ない。自由すぎるのもどうかとは思うが…。

by suzunobu-nigaoe | 2008-09-05 23:59 | 1965-1969(40~44才)
2008年 07月 12日

意外にも作詞家としても実績が!【関口宏】

c0119436_1921745.jpg

関口宏、1943年7月13日生まれ。東京都出身。東京都世田谷区上北沢在住。司会者、ニュースキャスター。身長170cm、体重68kg、血液型A型。父は俳優の佐野周二で、妻は歌手の西田佐知子、息子は俳優の関口知宏。立教高等学校を経て、立教大学法学部を卒業。1963年より大映専属の俳優として芸能活動を始め、1966年、TBS「ヤング720」の司会を同年輩で後に交友を深める松山英太郎(1991年没)、竹脇無我と共に担当。次いで、1971年からはフジテレビの長寿トークショー「スター千一夜」の司会を担当することにより、1975年以降はやはり長年の盟友である石坂浩二と並ぶメイン司会格として定着。これにより俳優から司会者のイメージが定着した。

その後、1979年に人気番組となる月曜19時台のクイズ番組「クイズ100人に聞きました」がスタートしたことを契機に、8年間担当した「スター千一夜」の司会を故・坂本九にゆずることとなり、次第にTBSでの活躍が顕著となった。1976年2月に関口宏事務所(現・三桂)を設立し、現在に至る。1977年、小柳ルミ子の歌った「星の砂」の作詞で日本作詞大賞作品賞を受賞。1980年代には出演番組の視聴率が合計で100%を超え、「視聴率男」の異名をとった。1983年に「わくわく動物ランド」、1987年には同じTBSの「サンデーモーニング」の司会となり、全国的知名度を確固たるものにした。

司会者として業界で重鎮と呼ばれる立場の関口氏。彼のどこが凄いんだろう?秀でているのだろう?と考えた時、技術面だけではない何かだと感じた。どんな商品も性能だけでは評価されない。そこには心地よさとか信頼感とか、はたまた安心感のような言葉だけでは言い表せない何かが存在する。コネクションも大切かもしれない。人間関係で仕事に繋がるケースは日常茶飯事だ。最低限の技量は云うまでもないが、人間の評価というのは結構アナログ的な部分にこそ重要な部分が潜んでいて、それを知らず知らずのうちにないがしろにしていると大きな痛手となって返ってくるのかもしれない。インターネットの時代だからこそ思うのだが、手書きの良さ、肌の触れ合い、空気の共有などの原点回帰も忘れてならない生きる上での知恵かもしれない。

by suzunobu-nigaoe | 2008-07-12 19:15 | 1940-1944(65~69才)
2008年 07月 03日

フジテレビ女性キャスターの第1号。【田丸美寿々】

c0119436_884412.jpg

田丸美寿々、1952年7月1日生まれ。 広島県安芸高田市出身。埼玉県立川越女子高等学校、東京外国語大学外国語学部英米語学科卒。元フジテレビアナウンサー。血液型A型。「女性報道キャスター」の先駆け、また頼近美津子らと共に「美人女子アナ」といわれる存在の先駆けでもあった。 日本ニュース時事能力検定協会理事。高校教師だった父親が、英語の勉強をしたいとアメリカに留学。その後、父親がサンフランシスコで新聞記者になったため、母親と共にアメリカに渡り、5歳から5年間カリフォルニア州に在住。後に父親がNHKに就職したため帰国し東京都小金井市、埼玉県草加市に住む。帰国子女のはしりでもあった。

「重要なニュースは男が読まなければ信頼されない」と思われていた時代、女性アナウンサーの出番は、天気予報やお知らせ、街の話題、番組司会者のアシスタントなどだった。田丸は天気予報を3年半務めた後、『FNNニュース』が『FNNニュースレポート6:30』と衣代えした1979年4月、逸見政孝(故人)と共にメインキャスターに抜擢された。ほぼ同時期にNHK『7時のニュース』で女性キャスターが初めて抜擢された。美里と結婚して独立後は美里美寿々(みさと みすず)と改名してフリーアナウンサーとして活動する。1985年にプリンストン大学大学院に研究員として留学し、国際関係論を学び、1986年に修了し帰国。その後はフリーキャスターとなる。はじめはテレビ朝日と専属契約を結び、『モーニングショー』『ANNナイトライン』『朝まで生テレビ!』『ザ・ニュースキャスター』などを担当する。後に離婚し、名前を田丸美寿々へと戻す。

フジテレビ在籍時代から現在に至るまで喫煙者であることを公表している彼女。タバコの賛否はさておき関東も7月からTASPOが導入され、自動販売機では身分証明が必要になった。タバコも1箱千円論議も展開され、喫煙者には肩身の狭い環境下に変化しつつある。自らの健康は自分で守るとして、私のように1度も煙草を吸ったことの無い者には複流煙も不快に感じられる。歩行していてもかなり先で吸っている人がいれば臭いで分かる。空気が焦げているようなあの臭い(-_-;) 喫煙者ゼロは無理にしても、せめて他人に迷惑のかからない喫煙環境を講じて頂きたい。田丸さんは喫煙者だが、彼女のキャスターとしての力は個人的に高く評価している。

by suzunobu-nigaoe | 2008-07-03 23:59 | 1950-1954(55~59才)
2008年 01月 08日

意外にも自称「アナログ人間」。【福澤朗】

c0119436_1592126.jpg

福澤朗(あきら)、1963年9月14日生まれ。東京都新宿区出身。血液型O型。特技は卓球と競歩。早稲田大学第一文学部哲学科心理学専修へ進学。アナウンス研究会に所属。大学在学中に俳優を目指し、1984年に演劇集団 円の研究生となるが、研究所最終年の団員昇格選考で漏れ、役者への道を断念、就職活動を始める。ちなみに円の研究生時代、ドラマ『花嫁衣裳は誰が着る』に端役出演を果たしている。1988年に大学を卒業し、アナウンサーとして日本テレビに入社、17年間勤めた。

『全日本プロレス中継』を務めた際、「ジャストミート!!」、「ファイヤー!!」を連呼し、また番組内の『プロレス・ニュース』では福沢ジャストミート朗として、白い鉢巻をしてコミカルな味を見せ有名になる。『とんねるずの生でダラダラいかせて!!』のレギュラー出演により、一躍お茶の間の幅広い世代に認知されるようになり、『アメリカ横断ウルトラクイズ』では第15・16回の司会を務めた。この番組で彼は当時の若さを生かし、また第15回の内容が、サバイバル性を重視する内容だった故、妥協と甘えを一切許さず、尚且つ臨機応変でスピード感が溢れる進行振りを発揮した。後に『ズームイン!!サタデー』『ズームイン!!朝!』の司会にも抜擢された。2005年6月30日付で日本テレビを退職し、翌7月1日付けで番組制作会社のイーストへ移籍し多方面で活躍中。

熱き表現者とでも言ったらいいだろうか。キャラクタを身に着けた人は強い、と言った典型だろう。イメージが出来上がってるから、安心して見ていられる。今年から似顔絵のタッチを筆中心に変えてみた。自分らしさの追及である。筆の持つしなやかさ、力強さ、メリハリを上手く表現できたならうれしい。文字にしたって、ペン字と毛筆とでは雲泥の差があるように、表現する道具で伝わり方も変わってくる。まだ、自分のキャラは出来上がってはいないが、必ず向き不向きは存在する。それを探す行為も生きることそのものにどこか似ている。今夜も熱きタッチをご堪能く
だされ。

by suzunobu-nigaoe | 2008-01-08 02:02 | 1960-1964(45~49才)
2007年 10月 24日

テレビ朝日、夜10時の顔。【古舘伊知郎】

c0119436_7144689.jpg

古舘伊知郎、1954年12月7日生まれ。 東京都北区出身。血液型AB型。立教大学経済学部経営学科卒業。1977年、テレビ朝日にアナウンサーとして入社。面接にて広辞苑の丸暗記という特技を披露し、見事採用される。 1980年から『ワールドプロレスリング』の実況アナとして山本小鉄と名コンビを組む。特に、「おーーーーーっと!」の名調子は、プロレスファン以外に対しても古舘をメジャーに押し上げたきっかけとなったと言える。これは古舘独特のフレーズであり、ものまねの対象になるなど、様々なパロディも散見された。

1984年6月テレビ朝日を退社後、大学時代の友人と芸能事務所「古舘プロジェクト」を設立。フリーになってからは、1989年から1994年までのフジテレビ系のF1放送や、競輪における特別競輪(現在のGI)決勝戦の実況中継、更には、自らの一人芝居型講演会「トーキング・ブルース」を始め、「クイズ日本人の質問」、「おしゃれカンケイ」等、数々のテレビ番組に出演。現在はテレビ朝日の看板番組、『報道ステーション』のキャスターとして久米宏の後を担当している。

スポーツ中継の古舘は輝いていた。しかし、今の彼はどうだろう?芝居がかった相槌、わざとらしい抑揚。笑っていない目。とても違和感がある。大衆とは隔絶した立場にいながら、あたかも庶民の代表みたいな、無理のある言い回しは好きではない。これは素直に、私の主観だ。しかしながら、同じ気持ちで彼を見ているのは私だけではないはず。たとえ環境が変わっても、あの人変わったよな…と、嘆かれてしまうのは悲しい。未だ彼も立ち位置を模索しているのだろうか?

by suzunobu-nigaoe | 2007-10-24 23:59 | 1950-1954(55~59才)
2007年 10月 21日

フジテレビ、ニュースの顔。【安藤優子】

c0119436_1626269.jpg

安藤優子、1958年11月19日生まれ。千葉県市川市出身。血液型A型。東京都立日比谷高校に入学。高校在学中に、米国ミシガン州ハートランド高校へ留学。私立オークランド・カレッジを経て帰国。上智大学国際学部比較文化学科卒業。アルバイトに励んでいたデパートのエレベーターガール時代、外国人のお客と堪能な英語で話をしていたところをテレビ朝日のディレクターにスカウトされる。同局の「ニュースステーション」「CNNデイウォッチ」等でレポーター・キャスターを務め、民放連賞、「フィリピン政変」のレポートでギャラクシー賞個人奨励賞を受賞。大学は休学したまま仕事を続けた。

「ニュースステーション」降板後テレビ出演を止め、28歳にして大学に復学したが、今度はフジテレビに声を掛けられ、1987年10月から「FNNスーパータイム」に出演。1991年の湾岸戦争では日本人ジャーナリストで、ただ1人、現場取材に行った。その後、1994年4月から2000年3月まで「ニュースJAPAN」のキャスターを務める。他にも多くの報道特別番組に出演。小谷真生子、小宮悦子、田丸美寿々、三雲孝江らと共に、日本を代表する女性キャスターに成長。理想の上司ランキングでは常に上位にランクイン。現在は、「FNNスーパーニュース」のメインキャスターを務めている(2000年4月~)。安藤の参加によって「FNNスーパータイム」以来6年ぶりに視聴率第1位に返り咲くことに成功した。

仕事のできる女性の代表的存在。世の中、圧倒的に女性のほうが優秀な感じがする。もちろん、道を究めた人は男性に多いが、男社会の中でできる女性が急激に増殖しているせいだろう。女性は、安藤さんを筆頭に、組織に縛られない。男は逆だ。しがみついている輩が多い。似顔絵の世界では、圧倒的にまだまだ男性の方が題材は豊富だが、確実にその比率は変化している。それに気づかない男は、きっと世の中に取り残される。また、女性を活用できる会社が伸びていく。今はそんな時代だ。

by suzunobu-nigaoe | 2007-10-21 16:29 | 1955-1959(50~54才)