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鈴信博堂の似顔絵日記

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カテゴリ:1940-1944(65~69才)( 35 )


2007年 08月 01日

こんな60代、素敵だな…【田村正和】

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田村 正和、1943年8月1日生まれ。京都府京都市出身。血液型A型。往年の二枚目俳優。身長174cm、体重59kg。 成城大学経済学部卒業。阪東妻三郎の三男で、長兄の田村高廣、弟の田村亮と共に、「田村三兄弟」と呼ばれる。次兄は田村俊磨、異母弟に俳優の水上保広。家族は妻と娘。1961年高校在学中に映画『永遠の人』で俳優デビュー。その後、多数の映画に出演。1980年頃からは主にテレビドラマを中心に出演している。時代劇『眠狂四郎』、コミカルな現代ドラマ『うちの子にかぎって…』や『パパはニュースキャスター』、そして刑事ドラマ『古畑任三郎』への主演で知られる。また、CM出演も多く、老若男女を問わず幅広い世代の人気を得ており、田村三兄弟の中でも最も知名度が高く、日本を代表する男優の一人である。

パーマでボリュームを持たせ、襟足が長い独特の髪型は、1987年の『熱くなるまで待って!』で漫画家役を演じた以降から定着した。それまでは艶のあるサラサラヘアーだった。専属美容師を自宅に呼んでいるという。最も多く見られるのは、真ん中から分けるスタイルだが、70年代後半までは7:3分けのほうが多かった。1979年の映画『日本の黒幕』あたりから襟足まで長く伸びたボリュームのある髪型が登場している。

昨日描いた、伊藤美咲とも今年のドラマで共演し、CM出演でも常に一線で活躍している。ニヒルな表情と、コミカルな演技は年齢を重ねた彼ならではの持ち味だろう。シブイ男と言うのはザラにいないものであるが、それをこなせる数少ない俳優の一人だ。よほど、陰のある生き方をしないとにじみ出ないニヒルなら、私にも可能性は少しはあるかもしれない…

by suzunobu-nigaoe | 2007-08-01 23:59 | 1940-1944(65~69才)
2007年 07月 20日

男のお手本。【渡哲也】

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渡 哲也、1941年12月28日生まれ。俳優、歌手。芸能事務所石原プロモーション代表取締役社長。島根県能義郡出身、兵庫県淡路市育ち。芸名の渡は瀬戸内海を渡って一旗挙げようという意志の表現とされる。身長180cm・体重72㎏。血液型はB型。青山学院大学経済学部卒業。石原裕次郎と誕生日が同日(7歳差)。俳優の渡瀬恒彦は弟。

日活撮影所の見学中にスカウトを受け、1964年、日活に入社。裕次郎、小林旭、高橋英樹に続く、「裕次郎二世」との呼び名が付くスター候補として期待され、無頼シリーズ等多くのヤクザ映画に主演。しかしながらの興行不振。その後、借金で倒産寸前の石原プロに入社。深作欣二監督のもと1974年から75年にかけて仁義の墓場、やくざの墓場 くちなしの花に主演。興行的には惨敗したものの、この2作はヤクザ映画史に残る傑作として名高い。石原プロの経営安定のため石原プロ制作の大都会シリーズ、西部警察シリーズに主演として出演し続け、経営に大いに貢献する。しかし、自身の健康問題で、大河ドラマ勝海舟から途中降板、仁義なき戦いから降板し、役者としての旬の時期を棒に振ったことを惜しむ声も多い。1992年に自ら直腸癌であると発表し、柏木純一の著書『渡哲也 俺』に壮絶な闘病記が記されている。これにより、人工肛門使用者として知られることになる。

男らしいの代名詞のような人だ。カッコイイ歳の取り方をしていると思う。渋い。嘘の無い生き方が表情にも感じられる。穏やかな表情は相対する人を安心させる。60代後半とはとても思えないが、まだまだ現役で頑張って欲しい。最近のCMで女性との缶コーヒーをめぐっての間がとても素敵だ。見習いたい生き方の俳優だ。

by suzunobu-nigaoe | 2007-07-20 23:59 | 1940-1944(65~69才)
2007年 07月 12日

参院選公示、過半数獲得なるか?【小沢一郎】

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小沢一郎、1942年5月24日生まれ、衆議院議員(13期)。民主党代表(第6代)。自治大臣(第34代)、国家公安委員長(第44代)。自由民主党幹事長、新生党代表幹事、新進党党首(第2代)、自由党党首、民主党代表代行を歴任。東京台東区出身。 慶應義塾大学、日本大学大学院卒。

御徒町に弁護士で東京府会議員だった父・小沢佐重喜、母・みちの長男として生まれる。本籍地は岩手県水沢市(現:奥州市)。3歳から14歳まで郷里の水沢で育つ。水沢市立東水沢中学校二年次に文京区立第六中学校に転校し、東京都立小石川高等学校卒業後、弁護士になるため東京大学を目指して2浪したが断念して、慶應義塾大学経済学部に入学と言う生い立ち。今、民主党党首として政治生命を賭けて、7月29日の参院選に臨む。

コワモテのイメージが強く、豪腕的な対応がこれまで民衆との距離を作ってきた。しかし、ここにきてソフト路線変更に躍起になっている。もぐろふくぞう似の顔だけは仕方ないが、強さを感じる表情だ。吉と出るか凶と出るか?高い関心を持って見守りたい。今月の選挙だけは、そういった意味でも目が離せない。投票に行きましょう!

by suzunobu-nigaoe | 2007-07-12 23:59 | 1940-1944(65~69才)
2007年 06月 06日

欽ちゃんのどこまで走るの?【萩本欽一】

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最高齢のグラドルに続き、最高齢のランナーの紹介だ、萩本欽一。欽ちゃんの愛称で親しまれている全国区のコメディアンだ。彼の番組や舞台から育ったいわゆる欽ちゃんファミリーには「大将」と呼ばせている。欽ちゃんは高校卒業後、浅草公園六区にあった東洋劇場に入団。研究生としてコメディアンの卵となる。そこで上達した頃、同系列の浅草フランス座へ出向。ストリップの幕間コントで更に腕を磨く。ここで漫才師崩れの専属コメディアン・安藤ロール(のちの坂上二郎)と知り合う。コント55号を結成してからは、皆さんのご存知の通りで、コンビ解散後も視聴率男として一時代を築き上げた。

今回、日本テレビの「24時間テレビ、愛は地球を救う」の最高齢の100kmマラソンランナーに抜擢され話題になっている。番組に踊らされることなく、無理をせず頑張って頂きたいものだ。66歳と言う年齢は老人なのだろうか?現代(いま)を生きている人々は、一昔前より確かに若い。人によっては7掛けで評価してもよいのでは?と言う意見もあるくらい。限界を決めずに、挑戦し続けることは大切なことだ。

昔から「垂れ目」と言う印象が強い欽チャンではあるが、描いてみてそれほどでもない事が分かる。多分、彼の笑顔と人柄がより際立たせて、表情の一部が一人歩きをしたのではないか?年齢から来る皮膚のたるみ、シワの多さは目に付くが、描き手からみて悪くない証に映る。年輪とでも言うのだろうか?若いだけが美しい訳ではない。建物でも古さが評価される物も少なくないが、人間もそうありたいものだ。

by suzunobu-nigaoe | 2007-06-06 23:59 | 1940-1944(65~69才)
2007年 05月 21日

夏の代名詞、ギラギラ顔。【みのもんた】

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みのもんたさん。あなたはエライ!1944年8月22日生まれだから、間もなく63歳。確かに見た目の衰えは隠せないが、魂のパワーは他を圧倒する。血液型 A型、身長 167cm、体重64kgのどこにこのエネルギーとパワーがあるのか?答えは「顔」に出ていると思う。アクの強さは自信みなぎる表情に表れているように思える。彼のレギュラー番組をざっと挙げてみても、朝ズバッ!、おもいッきりテレビ、どうぶつ奇想天外、みのもんたのサタデーずばッと、学校へ行こう!、クイズ$ミリオネア、Dのゲキジョー、~運命のジャッジ~、ラジオ:ウィークエンドをつかまえろ等等…いつ寝ているんだろう?

一説によるとみのさんの睡眠時間は3時間だとか…仮に4時間だとしてもどうしてそこまで働くのだろうか?お金のためだけではないだろう。単なる意地かもしれない。ギネスに認定されたと言う彼の仕事ぶり。濃厚なキャラは嫌いな人も沢山いるだろうが、しばしみのさんのパワーを賞賛してみるのも無駄な時間ではないのでは?

みのさんの顔はシワで構成されている。単純に言えば線の集合体だ。しかし、そのバランスが、強弱が凄い。手相でもシワの刻みの深い人は、生命力があると昔から言われるが顔も同じかもしれない。年齢を重ねたとき、語りかけるカオ。特別良い人間でなくてもかまわない。せめて自分の歩いてきた道を否定することのないようなシワを刻みたいものだ。

by suzunobu-nigaoe | 2007-05-21 23:59 | 1940-1944(65~69才)