鈴信博堂の似顔絵日記

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2007年 08月 12日

最近では珍しい?女性ロッカー。【アヴリル・ラヴィーン】

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アヴリル・ラヴィーン、1984年9月27日生まれ。カナダ・オンタリオ州出身。ロック歌手のシンガーソングライター、声優、ファッションモデルでもある。趣味はスケートボード、ホッケー、狩り、キャンプ。また、野球ファンである。身長 158cm。好きな男性のタイプは尖った感じのあるスケーターやパンクロッカー。もちろんであるが、私などはお呼びでない。ベジタリアン。酒好きで、酒癖が非常に悪い事で有名。

2002年6月に1stアルバム『レット・ゴー』 (Let Go) リリース。2004年5月に2ndアルバム『アンダー・マイ・スキン』 (Under My Skin) をリリース。アメリカでは初めの週だけで38万枚のセールスを記録。2005年6月28日に婚約を発表。翌年7月15日、挙式。トリノオリンピック閉会式において次回開催国、カナダのミュージシャンとしてライブパフォーマンスをした。映画「森のリトルギャング」に声優として初出演。2007年4月、3rdアルバム『ベスト・ダム・シング』 (The Best Damn Thing) リリース。2007年4月、プロモーション来日。新宿の駅前で極秘コンサートを開いた。観客は4000人集まった。 2007年8月4日公開、「消えた天使」に出演。2007年8月5日、サマーソニック2007の出演のため再来日。めざましテレビやミュージックステーションなどで『When You're Gone』を披露。

パンク・ロックの持つ危険さと攻撃性に加え、ポップスの持つ聴きやすさ・親しみやすさを併せ持つ独自のメロディー、個性的な歌声と存在感、美貌が人気の秘訣のようだ。近年には珍しい女性ロック歌手のせいか、特に異彩を放つ。表情から窺がえる事は、かなりの自信家のようだ。まだ20代前半、怖いもの知らずと言ったところか?若いからできることは数多い。人間、分別がついてくると突飛な言動は慎んでしまう。表現者にとって、それは時としてマイナスに違いない。我々凡人もせめて、やる前から無理と諦めずに可能性を求める気持ちだけは失くしたくないものだ。
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by suzunobu-nigaoe | 2007-08-12 23:59 | 1980-1984(25~29才)
2007年 08月 08日

歳を取らない妖怪?【松田聖子】

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松田聖子、1962年3月10日生まれ。福岡県久留米市出身。血液型A型。久留米信愛女学院高等学校~堀越高等学校卒業。 1980年代を代表するアイドル、歌手、女優。身長159cm、体重40kg。70年代を代表するアイドルだった山口百恵が引退すると交代するようにデビュー、間もなくヒット曲を連発しただけではなく、髪型や、後には生き方など、様々な面で日本の大衆文化に大きな影響を与えるカリスマ的な存在となった。また90年代以降はポピュラー音楽家の一人として活動を続けている。

彼女がスペシャルサポーターをつとめる「女子バレーボールワールドグランプリ2007」において、全会場での試合前に「松田聖子×藤井隆」スペシャルユニットでの「真夏の夜の夢」のパフォーマンスを決行中。既に45歳の彼女だが、見た目の輝きは10歳以上の若さを保っている。どんな暮らしぶりをすればあんな風になれるんだろ?

シワが殆ど無い顔。重力にも垂れ下がらない皮膚。中年太りしない肉体。どんだけぇ~。見えない水面下で努力しているんだろうか?もしかして、そんなこと一切していない得な体質なんだろうか?勝手に人は判断する。自分に都合のいいように。私も日々その連続である。
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by suzunobu-nigaoe | 2007-08-08 23:41 | 1960-1964(45~49才)
2007年 07月 30日

70代に突入、若大将!【加山雄三】

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加山雄三、1937年4月11日生まれ。俳優・歌手・作曲家・俳優・タレントとマルチな活躍で常に時代の一線を歩き続けてきた。神奈川県横浜市出身。血液型A型。岩倉具視の高孫。父親は俳優の上原謙、母は女優の小桜葉子。妻は元女優の松本めぐみ、長男でコンピュータグラフィックの会社を経営する池端信宏、次男で俳優の山下徹大、長女でタレント・料理研究家の梓真悠子、次女で女優の池端えみ、と正にサラブレット一家。

加山雄三という芸名の由来は、「加賀(百万石)・(富士)山・英雄・小林一三」から一文字ずつ拝借したものと東宝のデビュー会見で報じられている。1961年、『夜の太陽』で歌手デビュー。NHK紅白歌合戦出場11回。代表曲多数。のちのフォークソングやニューミュージック全盛時代に先立つ、日本におけるシンガーソングライターの草分け的存在であり、また日本ではじめて多重録音を手がけた歌手でもある。ソングライターとしてのペンネームは、團伊玖磨と山田耕筰を足して2で割った弾厚作(だんこうさく)であり、同名義で作詞・作曲している 「愛は地球を救う」のテーマソングである『サライ』は谷村新司が代表作詞し、加山が作曲したものである。2007年4月29日、神奈川県茅ヶ崎市の茅ヶ崎駅北口のペデストリアンデッキに加山雄三の手形モニュメント(加山本人の手形及び『海・その愛』という直筆の言葉が彫られたレリーフ)が設置され、服部信明茅ヶ崎市市長を始め、茅ヶ崎市関係者及び市民が参列し、除幕式が盛大に執り行われた。最近では、テレビタレント・コメンテーターとしても活躍している。

年齢の高い人は調べ物をしても書くことが多く、集約するのが大変だ。つい最近も久々のCDをリリースしたようだ。とても70代には見えない。気持ちも若いのだろう。この年代になると、少しくらいふっくらした方が見ていて安心する。しかし私自身はまだまだふっくらするわけにはいかない。前向きな生き方だけ学ぼう…
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by suzunobu-nigaoe | 2007-07-30 23:59 | 1935-1939(70~74才)
2007年 07月 29日

公称年齢25歳、無理があるよね…【引田天功】

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二代目・引田 天功、アイドル時代の公称1959年6月29日生まれ。こんなお年だった!?世界に名高いイリュージョニスト。別名プリンセス・テンコー。初代引田天功の死後1980年12月15日に襲名した。初代引田天功に1976年から師事。1978年6月21日に朝風まりの芸名でデビュー。キャンディーズとピンクレディーの制作スタッフがフジテレビとタッグを組み、マジックを披露しながら歌う異色のアイドル歌手としてデビューしていた時期もある。

契約では、安全確保とイメージを守るため、電車に乗ったりコンビニに行ったりすることを禁じられるほか、東西南北に一人ずつボディーガードをつけなければならない。 年齢設定は25歳。日本人と結婚してはならない。話し声はミステリアスでなくてはならず、太っても痩せてもいけない。髪の毛の色は黒でなくてはならず、前髪の長さもミリ単位で決められている。

最近の舞台事故で、全治2ヶ月の怪我を負ったと報道された。常に危険と隣り合わせの仕事。お金は無いけれど自由である庶民の方が幸せと感じることもあるよね。正直、彼女の似顔絵も似ているのかどうかわからない。だって、化粧が凄くて素顔が分からないんだもの。とにかく、我々庶民も、少しは周りの目を意識した生活を心がけてみますか?非日常を意識して…
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by suzunobu-nigaoe | 2007-07-29 12:00 | 1955-1959(50~54才)
2007年 07月 23日

27才、歳の差カップルで話題!【小柳ルミ子】

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小柳 ルミ子、公称1952年7月2日生まれ。歌手、女優。福岡県福岡市出身。血液型はA型。1970年に宝塚音楽学校を首席で卒業、そのまま「夏川るみ」の名で宝塚歌劇団に入団するも初舞台のみで退団。退団同年、渡辺プロダクションに所属し、NHK連続テレビ小説「虹」で女優としてデビュー。翌年1971年には作曲家平尾昌晃のプロデュースにより「わたしの城下町」で歌手デビューし、160万枚の大ヒットとなる。同曲は1971年のオリコン年間シングル売上チャートで第一位を記録し、当時としてはアイドルのデビューシングルとしては最大のヒットとなる。またレコード大賞最優秀新人賞も受賞した。その後にリリースした「京のにわか雨」や「瀬戸の花嫁」も大ヒットし、天地真理、南沙織らとともに新三人娘と呼ばれ、1970年代前半を代表するアイドルとなった。

1989年(平成元年)に、13歳年下の無名のダンサーであった大澄賢也と電撃結婚。2000年に離婚となる。離婚する条件として、大澄に対して高額の慰謝料を要求したこと、そうでなければ、以前の無名のバックダンサーに戻ることのどちらかの二者選択を迫っていたことが明らかになり、話題となった。2007年(平成19年7月22日)、27歳年下の俳優・石橋正高(28)との婚約を発表。昨年12月12日に亡くなったルミ子の母親の喪が明けてから籍を入れるという。

恋多き女性の代名詞とも言うべき女性だ。ボディは鍛えられているが、顔の衰えは否めない。歳相応と言ったところか…芸能人は辛い。いつでも人から見られ続けなければならないから。そういう意味で一般人は気楽なもんである。すこしは、彼女の日ごろの努力を参考にするのも必要なことではないか?少しは恋もした方がいいかもね。
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by suzunobu-nigaoe | 2007-07-23 23:59 | 1950-1954(55~59才)
2007年 07月 22日

2007年上半期の1位を獲得。【秋川雅史】

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秋川 雅史、1967年10月11日生まれ。声楽家。テノール歌手。愛媛県西条市出身。血液型はA型。4歳よりヴァイオリン、ピアノを始める。西条市立西条南中学校3年生の時に父の指導のもと声楽家へ転向。愛媛県立小松高等学校を経て国立音楽大学卒業、同大学大学院修了。その後4年間、イタリアのパルマにて修行。帰国後、ベートーヴェン作曲の交響曲第9番のソロなど、数々のコンサートに出演。1998年にカンツォーネコンクール第1位、日本クラシック音楽コンクール声楽部門最高位をそれぞれ受賞した。

2006年12月31日の第57回NHK紅白歌合戦に「千の風になって」にて出場。紅白歌合戦出場後、「千の風になって」が2007年1月15日付のオリコンシングルチャート第4位にランクイン。テノール歌手として史上初のトップ5ランクインを果たし、1月22日付のオリコンチャートにて1位となる。ちなみに、代表作「千の風になって」は、著名な詩「Do not stand at my grave and weep」を、新井満が日本語に訳し同氏自らが作曲・歌唱したものがオリジナルで、秋川の歌唱はカバー曲にあたる。

ジュリーにも少し似ている。気のせいか左右の目のバランスがおかしく見えるが…(失礼)人間の体はよく楽器に喩えられる。素材はもとより、いい鍛え方をしてきたに違いない。頂いたもの、与えられたものに甘んじることなく、努力するところに未来があるのかなぁって、彼の生い立ちを調べていて感じた。似顔絵を描くことで様々な人生を学べるのはラッキー!
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by suzunobu-nigaoe | 2007-07-22 21:31 | 1965-1969(40~44才)
2007年 07月 15日

長瀬くんとはこれから兄弟。【浜崎あゆみ】

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浜崎あゆみ、愛称ayu(あゆ)。1978年10月2日生まれ、血液型A型。福岡県福岡市出身のJ-POPシンガー。自信の楽曲の殆どの作詞も手がける。10代前半から地元福岡のモデル事務所に所属、当時は「浜崎くるみ」の芸名で活動。その後、東京の大手芸能プロダクションサンミュージックにスカウトされ、テレビドラマ『ツインズ教師』で女優としてデビュー、1992年-1997年頃までテレビドラマや映画に出演していた。1999年1月1日発売の1stアルバム『A Song for ××』でオリコンチャート1位を初獲得。約150万枚を売り上げた。自作の歌詞が当時の女子中高生を中心に大きな支持を受ける。それ以降ミリオンチャートを連発し、事務所の移籍等トラブルはあったものの歌謡界のトップに君臨している。

一昨日、自身のブログで恋人との破局を発表した。7年間続いた関係を解消したと言うことだが、立場の違い、所得の差、馴れ合い、時間のズレ等理由はいくつかあるかもしれない。一つだけの理由ではないだろう。芸能関係の方々はなかなか自分を拘束するのは難しいのかもしれない。

パッチリ目の文化を作ったのは彼女かもしれない。与える影響は大きい。今、世の中の多くの女性が彼女のような化粧をしているし、ファッションも真似している。トップを走り続けると言うのは疲れると思う。でもそれは自身が決めること。翼をたたんで、地上を歩いた彼女の姿も見てみたいものだ。
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by suzunobu-nigaoe | 2007-07-15 15:06 | 1975-1979(30~34才)
2007年 07月 03日

アルバムランキング、7年ぶり首位獲得。【安室奈美恵】

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1977年、沖縄に生まれる。今年9月で30歳を迎える、デビュー以来トップを走り続けている歌手。沖縄県出身、イタリアと日本のハーフ。92年、スーパーモンキーズとしてシングル「恋のキュート・ビート」でデビュー。95年に安室奈美恵withスーパーモンキーズとして発表した「TRY ME~私を信じて~」がじわじわとチャートを上昇し、結果的に大ブレイク。これが彼女の、ひいては沖縄出身アーティストがJポップ・シーンを席捲する大きな起爆剤となった。

95年7月からはソロとして活動を開始し、90年代最大のヒットメイカー、小室哲哉プロデュースによる第一弾シングル「Body Feels EXIT」をリリース。この速いBPMのユーロ・ビート風ナンバーが、キレのあるダンスと共に、同世代から熱狂的に支持された。その後もリリースするたびに大ヒットを記録し、96年12月、ソロ最年少で日本レコード大賞を受賞。翌年、8月には10代の歌手としては初の、「シングル/アルバム総売上げ2000万枚突破」を達成した。07年6/26付デイリーアルバムランキングは、安室奈美恵2年ぶりとなるニューアルバム『PLAY』が1位に初登場。00年の『GENIUS 2000』以来、約7年5ヶ月ぶりとなる週間1位獲得に向けて好調なスタートとなった。

彼女の表情はなぜか暗く感じる。私だけ?線が細くも感じる。しかし、歌はパワフルでダンスは上手い。きっと孤独な人なんだと思う。自分自身と常に向き合っているんだろうな。彼女が刻んだ左腕のタトゥーも決心の表れだろう。私の決心は今のところ、このブログを継続すること。皆さん、応援よろしくお願いいたします。
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by suzunobu-nigaoe | 2007-07-03 23:59 | 1975-1979(30~34才)
2007年 05月 22日

音楽性と美貌を兼ね備えたハーフ【アンジェラ・アキ】

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アンジェラ・アキ(Angela Aki、)。1977年9月15日生れの日本人女性シンガーソングライター。徳島県出身。15~27歳までの12年間はアメリカに在住。愛称はアンジー。父は日本人で英会話スクールのイーオン代表の安藝(あき)清氏、母はイタリア系アメリカ人である。ハーフ特有の顔立ち、伊達眼鏡、徳島弁、Tシャツにジーンズ姿が外見的特徴でもある。2007年3月9日、自身のブログにて結婚する旨を報告、それと同時にこれが二度目の結婚であることも明らかにした。昨年末には日本武道館公演を成功させ、NHK紅白歌合戦にも初出場と、アーティストとしてのキャリアを着々と積み重ねている。

アーティストを描くのは今回が初めてだ。アンジーを描こうと思ったのは、彼女の音楽以前に容姿が目に付いたから。ハーフってどうしてこんなに端正な顔立ちをしている人が多いのだろう。本人にしてみれば、そんな側面ばかりを書きたてられるのは不本意だろうが、目立つことで音楽性に興味を持ってもらっても結果オーライではないだろうか?もちろん、彼女の音楽は情感豊かで一度視聴されることをお勧めする。実力派シンガーのひとりだ。

やはり目が美しい。引き込まれてしまいそうな輝きを放つ。昔から絵画でも彫刻でもブサイクがモデルになったケースはあまり例がない。バランスが取れている顔だ。結婚された相手も彼女とバランスは取れているのだろうか?余計な心配ではある。だが、少しだけ気になる。???
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by suzunobu-nigaoe | 2007-05-22 23:59 | 1975-1979(30~34才)