鈴信博堂の似顔絵日記

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2008年 10月 31日

裸足の歌姫。【鬼塚ちひろ】

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鬼束ちひろ、1980年10月30日生まれ。
彼女の曲作りは、必ず詞先行だ。いかに歌詞を最重要視しているかの表れでもある。こだわりと言ってもいい。言葉の重要性に重きを置き、自身の思いを充分に込めて作品が作られる。私も最近、言葉を選ぶようになった。公私共に気をつけているのが、ネガティブな表現を極力しないこと。あー、ダメだ。できない。嫌だ。辛い。数え挙げればキリが無いが、日常には嫌なことが沢山あって、ついついそれを口にしてしまっていたりする。何気なく言っているその言葉が自分の行動に影響を与えていることにある時気付いた。むしろ、プラスな言葉によって結果も良い方向に導かれることも多い。それなら、意識して言葉を選ぼうと思った。私の周りにも多くのブロガーがいるが、皆結構気付かずに愚痴をこぼしている。それが頻繁だとマイナス影響も大きい。少しの意識で結果が変わるなら、せめてマイナス思考は止めるべきだと提案したい。
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by suzunobu-nigaoe | 2008-10-31 23:21 | 1980-1984(25~29才)
2008年 10月 30日

家政婦に殺害された次男がいた。【高嶋政宏】

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高嶋政宏、1965年10月29日生まれ。東京都出身。血液型 B型。父は俳優の高島忠夫、母は女優で宝塚歌劇団元星組男役トップスターの寿美花代、弟は俳優の高嶋政伸、女優のシルビア・グラブと2005年に結婚に至る。成城学園中学校高等学校を経て、成城大学法学部在学中の1987年、映画『トットチャンネル』でデビューし、キネマ旬報賞新人男優賞や毎日映画コンクールグランプリ新人賞を受賞。NHKの大河ドラマ『独眼竜政宗』や連続テレビ小説『純ちゃんの応援歌』などで人気を得る。大河ドラマ『利家とまつ』・テレビ東京系『山岳救助隊・紫門一鬼』シリーズ、舞台『レ・ミゼラブル』、『王様と私』、『エリザベート』などが代表作。近年、演技に重厚さと安定感が増してきた。

幼いころにキッスの影響を受けてから無類のロック好きである。CDも5000枚以上所持しているといわれ、キッスのアイテムを300点以上保持している。歌手としてCDを出していた時期があり、その際に自身のシングル『こわれるくらい抱きしめたい』のB面でキング・クリムゾンの楽曲『スターレス』をカヴァーしていたり、ロックバンドでベースを演奏していたこともある。また、007年5月26日には「ROCK FUJIYAMA」以外で初めて、「スターレス髙嶋」名義でJ-WAVEの「東京REMIX族」への出演も果たしている。2008年2月10日には、舞台『ベガーズ・オペラ』に出演のため滞在していた大阪市で、ポリスの大阪ドーム公演にも足を運んだ。

なんでも彼の場合初体験は中1の時らしい。早すぎるよ^_^;まだ子供ジャン。私の場合は高校卒業してから(-_-;)お付き合いしていた人はいたけれど、なかなか勇気とお金ががなかったなぁ。今にして思えば体験年齢の早い遅いはどうでもいい気もするが、その当時は大切な出来事だった。周りにも高嶋クンのような早熟な同級生がいたりして、コンプレックスを感じたのが今にして思えば懐かしくもあり甘酸っぱい記憶でもある。大切なものが過ぎてしまえばそうでもなかったり、重ねる年齢によって重みや優先順位は異なる。今、悩んでることも過ぎてしまえば些細なことなのかも知れない…。
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by suzunobu-nigaoe | 2008-10-30 23:59 | 1965-1969(40~44才)
2008年 10月 29日

11月26日30thシングル『24 Xmas time』をリリース予定。【倉木麻衣】

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倉木麻衣、1982年10月28日生まれ。千葉県船橋市出身。血液型B型。立命館大学産業社会学部産業社会学科人間文化学系卒。 1999年に17歳でリリースしたデビューシングル『Love, Day After Tomorrow』が売上140万枚の大ヒットとなり、一気に人気アーティストとなった。立て続けにシングルもヒットし、1stアルバム『delicious way』が売上350万枚を、出荷枚数にして400万枚を突破するなど、めざましい活躍を見せた。現在でもシングルを出せばオリコンのトップ10以内にランクインしている。2005年3月に立命館大学を卒業し、現在は音楽活動に専念している。

宇多田ヒカルとの類似性が多く指摘された。2000年は、オリコンチャートの年間シングル・トータル・セールス1位、アルバムとアーティスト別のトータルセールス2位を記録するなど活躍する。その後も2ndアルバム『Perfect Crime』やベストアルバム『Wish You The Best』がミリオンヒットするなど、コンスタントに楽曲を発表し続けている。2007年6月、初めての中国、台湾への訪問に、地元メディアがヒートアップ。空港から移動中、宿泊先など様々なシーンで彼女が登場。一部のカバー曲、デュエット曲を除き、倉木名義の作品全ての作詞にかかわっている。ほとんどは倉木のみの作詞だが、一部共同作詞として関係者の名前がクレジットされている作品もある。

羨んでも仕方のないことだが、才能豊かな彼女の音楽性には脱帽だ。26歳にして印税生活って凄いことだよなぁ!(^^)!世の中にはいろんな才能に恵まれている人がいる。この才能ってヤツは自分で選べないだけに厄介だ。欲しい才能が一夜にして手に入るなんてことは漫画の世界でもなければありえない話だが、こればかりは生まれ持って決められているのかなぁ(ーー;)努力の多少で変わる事もなくはないがたかが知れている。私は3人兄弟で姉と弟がいるが、みんな違った個性で当たり前だが得意なことも異なる。兄弟の中では一番いろんな才能に恵まれてるかなぁと自画自賛した時期もあったが所詮井の中の蛙状態だった。世の中を知れば知るほど自分の小ささに気付くし、できる人が羨ましく思えてならない。人間だからいつかはできるような錯覚があるが、動物にたとえると話は単純だ。ペンギンや鶏は飛べないし、犬や猫は水中での生活はできない。才能とは所詮そういった生まれ持った能力に似たものなのかもしれない。だから倉木麻衣にはなれないというお話でした。チャン、チャン。
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by suzunobu-nigaoe | 2008-10-29 23:59 | 1980-1984(25~29才)
2008年 10月 28日

M-1グランプリでは、2002年から毎年準決勝に進出。【天津木村】

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天津木村、本名:木村卓寛、1976年5月22日生まれ。兵庫県姫路市出身。大阪NSC21期生。姫路獨協大学法学部法律学科卒業。血液型B型。身長169cm。過去に麒麟・田村と牛若丸・二宮と3人で住んでいた。元々はコンビで相方がインパクトがある上に周りにインパクト芸人が多く、ほとんど目立つことはなかった。橋幸夫のものまねが得意である。しかし、大学内でのイベントで大爆笑をさらった以外では、滑り傾向にある。2007年5月22日、高校時代から交際していた長身(約170cm)の女性と結婚。式は地元の姫路で行われた。最近は、天津木村として「エロ詩吟」でブレイクし、ピンで多数の番組に出演している。実際、祖父と父親は詩吟の師範であり、自身も師範代の資格を持っている。師範である父親からは、「流派の名前だけは出すな」と言われている。

芸人になったキッカケは、高校時代から交際をしていた妻がお笑い好きでよく木村の事を突っ込んだり、いじったりしていた。それに、負けたくなくお笑いを始めた。 詩吟の技を生かした「エロ詩吟」というネタを持っている。これによって今年から一躍脚光を浴びる。伝統芸能と下ネタを融合させた、独創性のある新しい形のお笑いである。非常に衝撃的で斬新な為、一度聞いたら忘れられない節回しが話題を呼んでいる。吟じる一吟の合間には「あると思います」「吟じます」と言ってネタにリズム感を与えている。エロネタにも関わらず、近年では女性の支持者が多く周囲を笑いの渦に巻き込んでいる。その為、2008年5月7日放送の『爆笑レッドカーペット』でレッドカーペット賞を獲得した。

まったく売れなかった芸人が、ふとしたきっかけで大ブレイクした典型的な彼。昨日の櫻井さんから一転してレベルダウンの感もあるが、彼の出版本「吟じます」が今巷で大人気だ。エロは永遠に強い。人間の本質的なものだから、誰しもが共感できるし題材として無くなる事もない。しかし、本人すらも予想しなかったこの現象は一過性のものなのか、来年も残れるのか今は不明だ。しかし今の世の中、絶対的なものなど何一つとしてないのだから、売れている今を大いに満喫したら良い。下地に詩吟師範代と言う確かなベースがあったのがブレイクの引き金ではあるが、それを活かせたのは彼の実力だ。諦めずに続けるのが成功の秘訣と以前記したが、正にうまくいった事例の典型だろう。今後の更なる活躍に期待したい。
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by suzunobu-nigaoe | 2008-10-28 23:59 | 1975-1979(30~34才)
2008年 10月 27日

良子をりょうこと読まれるのが嫌でよしこに改名。【櫻井よしこ】

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櫻井よしこ、1945年10月26日生まれ。ベトナムハノイの野戦病院で日本人の父母の間に生まれる。ベトナムから帰国後は大分県中津市に移住し、更に中学生の時に新潟県長岡市に移住する。長岡市立東中学校を経て新潟県立長岡高等学校卒業。慶應義塾大学文学部に進学するが中退してハワイに渡り、奨学金とアルバイトで学費と生活費を稼ぎ、ハワイ大学マノア校歴史学部卒業。「クリスチャン・サイエンス・モニター」東京支局などを経て、1980年5月より日本テレビの『NNNきょうの出来事』のメインキャスターとなった。以来、同番組で1996年3月までの16年間に渡ってアンカーパーソンを担当した。女性ニュースキャスターの草分けである。落ち着いた語り口が特徴。

1995年に薬害エイズ事件を論じた『エイズ犯罪 血友病患者の悲劇』で第26回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。2007年4月から、フジテレビ系新報道番組「新報道プレミアA」のレギュラーコメンテーターを担当することになった。2007年12月に設立された国家基本問題研究所の初代理事長に就任。『報道2001』(フジテレビ)や『サンデープロジェクト』(テレビ朝日)などの討論番組に、不定期で出演する。政治系討論番組などに不定期出演をしている。極々まれにバラエティ番組に出演することも。

日本の良識と言える存在かもしれない。聡明なだけでなく時には力強く、時にはユーモアを交え日本の方向性に目を光らせる。今日、株価がバブル後最安値を記録した。正に異常な事態である。どこの誰が悪いと言う問題ではない。国家存続の危機に我々は瀕している。実体経済を伴わない経済環境が終焉を迎えただけでなく、一国家だけの努力ではどうにもならない連鎖的な世界不況に入り込んでしまった。最低でもここから10年間は、浮かれた暮らしとは無縁の社会環境の中で生活していかなければならない。原点回帰と言えば簡単だが、一度広げた間口を小さくするのは並大抵の苦労ではない。腹を据えて取り掛かる勇気がいるだろう。今まで多くの国民が、少しぐらいのことは許されるとモラル・浪費・政治・経済そのすべてに無関心でありすぎた。今こそ本来の良識をもって世の中を見つめ直す必要に迫られている。明けない夜はないし、止まない雨もない…。
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by suzunobu-nigaoe | 2008-10-27 23:59 | 1945-1949(60~64才)
2008年 10月 26日

かつて人生相談での迷回答、「ソープへ行け!!」【北方謙三】

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北方謙三、1947年10月26日生まれ。(今日が誕生日)佐賀県唐津市出身。中央大学法学部法律学科卒業。実家は曾祖父の代から、唐津市で菓子屋を経営。父親は外国航路の船長。学生運動華やかりし時代であり、北方も全共闘運動に没入。在学中の1970年、純文学作品『明るい街へ』を同人誌に発表。同作が雑誌「新潮」(1970年3月号)に掲載され、学生作家としてデビューを果たす。1973年同大学卒業。PR誌の企画スタッフをしながら執筆を続ける。この頃は純文学の短編をひたすら書いていたが、「10年書いて、文芸誌掲載わずか四編」という状況。“文学”から“小説”へ。“短編”から“長編エンターテインメント”への転換を決意する事になる。

1981年、『弔鐘はるかなり』(『第二誕生日』改題)が出版。新人としては異例の、“書き下ろし長編”による処女出版であり。北方にとっては二度目のデビューである。翌年よりヒット作を次々と生み出し、“ハードボイルド小説の旗手”として一躍人気作家に。1983年には『逃れの街』が、主演水谷豊、監督工藤栄一で映画化。以降『友よ、静かに瞑れ』(1985年)、『黒いドレスの女』(1987年)などが次々と映画化され、作家としての地位を築き上げる。1989年、初の歴史小説として南北朝時代を舞台とした『武王の門』を発表。続く南北朝ものである『破軍の星』では、第4回柴田錬三郎賞を受賞し、歴史・時代小説へとジャンルを広げる。1996年、全13巻6500枚書き下ろしという大長編、北方版『三国志』の刊行が開始され、以降歴史小説は、中国史へとその裾野を拡大。1999年には『水滸伝』が小説すばるで連載開始。前作を超える全19巻9500枚の超大作は、「日本の大衆小説の最高峰」(北上次郎)と称される。同作は2006年、第9回司馬遼太郎賞を受賞。2000年より、直木三十五賞の選考委員を務める。

いつの時代も突出している人はいるもので、周りの誰もが追いつけないものだから変わり者扱いされてしまう。私が10代頃創刊されたホットドックで北方氏が若者向けに人生相談をしていた時なども、いつもは真面目に回答しているのだがあまりにもインパクトの強い言葉を引用するせいか、時としてその一部分だけを捉えられ誤解されてしまうことが少なくなかった。むしろ小説家になろうなどと言う人は、そのくらいの発想と思い切りの良さがなければ売れることもないのだろう。世の中には本音と建前とが混在する。歯に衣着せぬかのように本音ばかりでまくしたてても毛嫌いされてしまうだろうし、真綿でくるんだかのような建前発言ばかりでも信頼されない。一般人として生きていくためには両者のバランスのとれた使い分けが必要だろう。ただ、今の世の中、あまりにも建前ばかりが横行して実態が見えないことがある。これから先の日本、何を信じていいのやら…(ーー;)
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by suzunobu-nigaoe | 2008-10-26 23:59 | 1945-1949(60~64才)
2008年 10月 25日

デビュー当時のキャッチコピーは「不思議少女」。【千秋】

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千秋、本名:藤本千秋、1971年10月26日生まれ。千葉県市原市出身。身長151cm、体重38kg。血液型O型。星座はさそり座。父は藤本勝司・日本板硝子会長。二人姉妹の長女で2歳下の妹がいる。2002年にココリコの遠藤章造と結婚するが、2007年12月28日に離婚。一女の母。小柄で童顔の子供っぽい容姿のため実年齢よりかなり幼く見られることが多い。自分の顔については目が小さいことを気にしているが、特徴的な顔のため他人からよく色んなものに例えられる。 小さい目はよくシジミやアサリなど貝類に例えられる。美輪明宏からは前世はシジミと言われた事もある。

結婚する前は全く料理が出来なかったようで、NHKのある番組で「お茶を自分で入れたことがない」と発言。ただし、結婚後は料理をするようになり今では中々の腕前とのこと。睡眠時間が一般の人の平均に比べてかなり長く、平均睡眠時間は11時間程度とのこと。睡眠時間とは逆に入浴時間はかなり短いようで5分程度で済ませてしまう時もあるという。目標にしている芸能人は研ナオコである。理由は仕事と家庭を上手に両立しているからだそうだ。兵庫県・大阪府育ちで、阪神タイガースの熱烈なファン。歌唱力は非常に高く、CHIAKIとして歌手デビューもしていた。イラストを描くのが得意でリボンキャスケットのデザイン画も自ら描いている。 アニメ:ノンタンといっしょの声優も担当。

実に多彩な人だ。エピソードも含め、これだけの若さでこんなにキャリアのある人は珍しい。一旦取り組むと、トコトンやり抜かないと気がすまない性格のようだ。色にたとえるならパステルカラーのような淡い色ではなく、はっきりとした原色に近い感じがする。好きな色と性格の関連性なる書物もあるが、私の好きな色は黒と黄色だ。工事現場の色みたいだが、どちらも組み合わせることによってより目立つ性質を持った色だ。どちらかと言えば目立ちたがり屋なのかもしれない^_^;自分では謙虚な部分も持ち合わせている気はするが、周りの人は揃って否定する(苦笑)生まれ持っての性格だから今更どうすることもできないが、かなり個性的な生き方をさせていただけてる。時の経過は早いもので、街の景色は夏色から秋色へとだいぶ様変わりした。目に映る色を楽しむのも趣のあることだ。
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by suzunobu-nigaoe | 2008-10-25 18:49 | 1970-1974(35~39才)
2008年 10月 24日

中国では「恋愛の毛沢東」と呼ばれている。【渡辺淳一】

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渡辺淳一、1933年10月24日生まれ。(今日が誕生日)北海道上砂川町出身。1958年札幌医科大学医学部卒業。医学博士。同大学の和田寿郎教授による和田心臓移植事件を題材にした『小説・心臓移植』(1969年3月。後に『白い宴』と改題、角川文庫)を発表し、大学を去る。1970年、37歳の時に総理大臣寺内正毅をモデルとした『光と影』で第63回直木賞を受賞し、その後現在に至るまで、話題作『失楽園』などの作品が映像化された。初期には医療現場を舞台とした恋

愛物、近年は医療に限定しない作品を発表し続けている。主題は、伝記(『花埋み』『女優』『遠き落日』など)、医療(『白い宴』『麻酔』など)、性的描写の濃い男女関係(『化身』『失楽園』『愛の流刑地』など)の三つに大別される。概ね初期においては医療を場面とした社会派的な作品が、その後は中年の男女の性愛を描いた作品が多い。大家の一人として文壇に地位を築いており、ベストセラーも複数ある人気作家であるが、作品そのものの評価は大きく割れる。福田和也は『作家の値うち』において、「亡国的作家」「紋切り型のポルノグラフィー」と斬り捨てている。

「鈍感力」なるエッセイ集を昨年執筆しているが、今の世の中多少鈍い方が救われることが多い。渡辺氏は今日で75歳だが、単純に若さを年齢だけで推し量ることは難しい。なぜなら若さの象徴は可能性であり、元気な肉体を有することを指すべき括りで、必ずしも実年齢とイコールではないからだ。自身が興味があるから官能小説風の表現も巧みなんだろうし、、経験だって相応にあるに違いない。良く言えば感受性が豊かだとも言える。想像力で書ける作家もいないわけではないが、一般的にモデルケースはその人の近くに存在したりする。表面的な年齢に縛られずに、やりたいことはドンドンチャレンジすべきだ。更にあれしたい、これしたいという思いがその人を年齢以上に活気付かせる。鈍感と共に貪欲でありたいものだ(^_^.)
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by suzunobu-nigaoe | 2008-10-24 23:59 | 1930-1934(75~79才)
2008年 10月 23日

松浦亜弥のモノマネが得意で過去に共演も果たす。【はしのえみ】

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はしのえみ、1973年10月23日生まれ。(今日が誕生日)鹿児島県鹿児島市出身。東京都立新宿山吹高等学校卒業。血液型A型。身長155cm、体重42kg。鹿児島市立桜丘中学校卒業。鹿児島県立松陽高等学校1年修了後、単身上京した。萩本欽一プロデュースの演劇集団「欽ちゃん劇団」出身。在籍中は、芝居に限らず、CHA-CHAのバックダンサーに参加したり、音楽ユニット「CHU-CHU」や「ブカブカ」などに参加し、喜劇役者の中でもアイドル的活動をする。1998年4月、芸名をひらがなに変える。

その後一時期休業するが、1996年7月、大型情報バラエティー番組「王様のブランチ」の「ブランチリポーター」の仕事を射止めた。ユニット「BRAN-KO」を結成し、CDもリリースする。2008年10月現在もフロントメンバーとしてレギュラー出演し、正午になれば「買い物好きなお姫様」のキャラクターで登場し、知名度を上げる。また番組では年下のフロントメンバーの優香、小林麻耶等から「えみちゃん」と呼ばれている。その他ドラマ、バラエティー、CMなどに幅広く活動している。

スケジュールに隙間が出来ると、鹿児島に年に何度も帰省するほど郷土愛が強い彼女。私が全国で唯一行ったことのない県が鹿児島だ。仕事の関係で日本全国主要な都市は訪れた。そのいずれも駅前には消費者金融があり、チェーン店の居酒屋の看板が目に付き、いたるところにコンビニが溢れている。いつから日本は特色のない街作りが主流になってしまったのだろうか?街だけではない。人間の個性も画一的という名の下に標準化が図られ、変わった生き方はいつの頃からか封じこめられるようになってしまった。それが高度成長期の世の中のあり方だったが、これからはそれじゃいけないことにみんな少しずつ気付き始めた。人と違うこと、特徴があること、誇りに思える人達が増えるといいね(^^)
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by suzunobu-nigaoe | 2008-10-23 23:59 | 1970-1974(35~39才)
2008年 10月 22日

ペンペン(ペンギン)の育ての親として好感度アップ。【DAIGO】

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DAIGO、本名:内藤大湖 、1978年4月8日生まれ。血液型AB型。東京都出身。玉川大学文学部芸術学科中退。母方の祖父は政治家の竹下登元首相。姉は漫画家の影木栄貴。大叔父は衆議院議員竹下亘である。 2003年、DAIGO☆STARDUSTとしてメジャーデビュー。BREAKERZ結成とともにDAIGOに改名した。身長178cm。体重55kg。メジャーデビュー前はSIAM SHADEの後輩バンドJZEIL(ジェイル)のボーカルとして活動。当時は、様々なヴィジュアル系バンドが活動する中で、金髪とど派手なメイクとセクシーな衣装がトレードマークだった。

元Due'le quartzの雅や元DAS:VASSERの響兵などと交流があった。その後も地道に音楽活動を続けていたが、偶然彼をVTRという形で見る機会があった氷室京介の目にとまり、氷室自らが彼のデビュー曲のプロデュースを申し出る。そして2003年7月21日、25歳でDAIGO☆STARDUST」として、氷室京介作曲の『MARIA』でメジャーデビュー。最近は竹下登の孫である事や、その言動が注目を集め、バラエティ番組やCMに出演することも多い。好きな言葉は「クール&スペイシー」。BOOWYに多大な影響を受けた。

「宇宙からやってきたロック王子」という設定で「DAIGO☆STARDUST」を名乗ってはいたが、出身星など設定の詰めが甘かったため演じる本人が厳しくなり、ビーイング移籍を機に封印したと言う何とも彼らしい逸話が数多い。 人は完璧である必要はない。微笑ましいキャラクターであれば愛されるし、賢くとも鼻につけば嫌われる。本人の努力もあるが、持って生まれた資質も大きい。人は皆誰でも周りから好かれたい、認められたいと思って生きている。けれど現実は思いとは裏腹にそう容易ではない。
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by suzunobu-nigaoe | 2008-10-22 23:59