鈴信博堂の似顔絵日記

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2007年 07月 31日

ドラマ、映画が軒並みヒット!【伊東美咲】

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伊東美咲、1977年5月26日生まれ。福島県いわき市出身。血液型A型。身長171 cm、スリーサイズB83、W60、H87。2000年デビューの女優、モデル。大阪千代田短期大学卒。福島県いわき市出身。血液型はA型。1999年にアサヒビールイメージガールを務め、「CanCam」の専属モデルも務めた。その他ゲートウェイやチョーヤ梅酒などのテレビCMで著名となった。又、フジテレビのバレーボール中継では≪全日本・勝利の女神≫として2003年の「ワールドカップ」と2004年の「アテネ五輪世界最終予選」、2005年の「ワールドグランプリ」のサポーターを務めた。映画『海猫』では初のベッドシーンにも挑んだ。保母資格や社会福祉主事などの免許を取得している。

出演作品/映画、模倣犯(2002年)、香港映画、The Snows(2002年)、黄泉がえり(2003年)、呪怨(2003年)、ナインソウルズ(2003年)、海猫(2004年)主演、いぬのえいが(2005年)、電車男(2005年)、釣りバカ日誌16 浜崎は今日もダメだった♪♪(2005年)、
アバウト・ラブ 関於愛(2005年)、椿山課長の七日間(2006年)、ラストラブ(2007年)、Life 天国で君に逢えたら(2007年夏公開)

モデル体型で美形。映画には必要な人材だよな。非の打ち所が無いほどの整った容姿をしている。両親も美形なんだろうか?食べ物にも「旬」があるように、彼女の旬はいつまでだろう?今の30歳は若く見えるよね。本人の努力もあるのかなぁ???
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by suzunobu-nigaoe | 2007-07-31 23:59 | 1975-1979(30~34才)
2007年 07月 30日

70代に突入、若大将!【加山雄三】

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加山雄三、1937年4月11日生まれ。俳優・歌手・作曲家・俳優・タレントとマルチな活躍で常に時代の一線を歩き続けてきた。神奈川県横浜市出身。血液型A型。岩倉具視の高孫。父親は俳優の上原謙、母は女優の小桜葉子。妻は元女優の松本めぐみ、長男でコンピュータグラフィックの会社を経営する池端信宏、次男で俳優の山下徹大、長女でタレント・料理研究家の梓真悠子、次女で女優の池端えみ、と正にサラブレット一家。

加山雄三という芸名の由来は、「加賀(百万石)・(富士)山・英雄・小林一三」から一文字ずつ拝借したものと東宝のデビュー会見で報じられている。1961年、『夜の太陽』で歌手デビュー。NHK紅白歌合戦出場11回。代表曲多数。のちのフォークソングやニューミュージック全盛時代に先立つ、日本におけるシンガーソングライターの草分け的存在であり、また日本ではじめて多重録音を手がけた歌手でもある。ソングライターとしてのペンネームは、團伊玖磨と山田耕筰を足して2で割った弾厚作(だんこうさく)であり、同名義で作詞・作曲している 「愛は地球を救う」のテーマソングである『サライ』は谷村新司が代表作詞し、加山が作曲したものである。2007年4月29日、神奈川県茅ヶ崎市の茅ヶ崎駅北口のペデストリアンデッキに加山雄三の手形モニュメント(加山本人の手形及び『海・その愛』という直筆の言葉が彫られたレリーフ)が設置され、服部信明茅ヶ崎市市長を始め、茅ヶ崎市関係者及び市民が参列し、除幕式が盛大に執り行われた。最近では、テレビタレント・コメンテーターとしても活躍している。

年齢の高い人は調べ物をしても書くことが多く、集約するのが大変だ。つい最近も久々のCDをリリースしたようだ。とても70代には見えない。気持ちも若いのだろう。この年代になると、少しくらいふっくらした方が見ていて安心する。しかし私自身はまだまだふっくらするわけにはいかない。前向きな生き方だけ学ぼう…
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by suzunobu-nigaoe | 2007-07-30 23:59 | 1935-1939(70~74才)
2007年 07月 29日

公称年齢25歳、無理があるよね…【引田天功】

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二代目・引田 天功、アイドル時代の公称1959年6月29日生まれ。こんなお年だった!?世界に名高いイリュージョニスト。別名プリンセス・テンコー。初代引田天功の死後1980年12月15日に襲名した。初代引田天功に1976年から師事。1978年6月21日に朝風まりの芸名でデビュー。キャンディーズとピンクレディーの制作スタッフがフジテレビとタッグを組み、マジックを披露しながら歌う異色のアイドル歌手としてデビューしていた時期もある。

契約では、安全確保とイメージを守るため、電車に乗ったりコンビニに行ったりすることを禁じられるほか、東西南北に一人ずつボディーガードをつけなければならない。 年齢設定は25歳。日本人と結婚してはならない。話し声はミステリアスでなくてはならず、太っても痩せてもいけない。髪の毛の色は黒でなくてはならず、前髪の長さもミリ単位で決められている。

最近の舞台事故で、全治2ヶ月の怪我を負ったと報道された。常に危険と隣り合わせの仕事。お金は無いけれど自由である庶民の方が幸せと感じることもあるよね。正直、彼女の似顔絵も似ているのかどうかわからない。だって、化粧が凄くて素顔が分からないんだもの。とにかく、我々庶民も、少しは周りの目を意識した生活を心がけてみますか?非日常を意識して…
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by suzunobu-nigaoe | 2007-07-29 12:00 | 1955-1959(50~54才)
2007年 07月 28日

日本最年少チャンピョンに期待!【亀田大毅】

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亀田大毅、1989年1月6日生まれ。右ファイターのプロボクサー。。ボクシング家族である亀田三兄弟の次男で、亀田興毅の弟であり、亀田和毅の兄である。父の亀田史郎がトレーナーを務める。身長168センチ。WBAフライ級のランキングを保持し、同団体の世界タイトルを狙っているが、同門の坂田健史が同級世界王者になった為、現段階でのWBA挑戦の実現は困難と見られていたが、チャンピョンが対戦しても構わないと言った雰囲気に傾きつつある。本日の対戦を見て、父史郎が兄か弟のいずれかを挑戦者に指名する。大毅の方が、最年少王者がかかっているため有力視されている。

自称「浪速乃弁慶」。その由来は「倒れないタフなところ」に憧れたもの。絵が得意で、デビュー戦用のポスターには自ら武蔵坊弁慶のイラストを描いた。一時期、イラストレーター志望という報道がなされたこともある。 プロライセンスの実技試験には、世界戦レベルの50人を超える報道陣が集まり、同日にパシフィコ横浜でデビュー戦を行った。三兄弟の中では一番唄がうまいとされており、KO勝ちした場合試合後にリング上で歌う。この事には賛否両論がある。

今日の対戦相手はファーペッチノーイ・クラティンデーンジム(タイ)でWBC世界フライ級15位の選手だ。試合後の歌も聴かれるか?つっぱって生きているのだろう。眉間の縦ジワは兄弟のトレードマーク。勝ち続けなければならない宿命は辛いものがある。ただ、デビュー当初よりは板についてきたように感じられる。人間誰でも慣れによって、らしさを伴ってくる。実力も無いのに三重を張るのは良くないが、気持ちだけでも負けない姿勢は必要だろう。虚勢を張ることって最近ありましたか?
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by suzunobu-nigaoe | 2007-07-28 15:35 | 1985-1989(20~24才)
2007年 07月 27日

DNAを感じるタレント。【関根麻里】

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関根麻里、1984年10月22日生まれ。東京都港区出身。血液型O型。身長154 cm、体重47kg。昨年デビューした関根勤の娘でタレント。趣味は、旅行、お笑いライブ観劇、映画・ミュージカル鑑賞、ダンス、ウォーキング、犬の散歩、スペイン語会話。特技は、英会話、PC操作、ダイビング。

西町インターナショナルスクールから聖心インターナショナルスクールに進み、一時は幼少時から持っていたタレントの道に進むべく、WAHAHA本舗への入団も目指したが、父・勤の所属する浅井企画からの助言により、芸能活動を基本から勉強する意味を含め、米国マサチューセッツ州ボストン市の単科大学Emerson College(エマーソン大学)への進学を決意した。エマーソン大学・マーケティングコミュニケーション学部入学後は、成績は極めて優秀で、在学は3年間と標準よりも1年早く、2005年に首席で[1]卒業している。

最近のテレビでの露出度は高い。親の七光りとよく言うが、それに止まらない高いタレント性とルックスを併せ持つ。当たり前だが、昨日描いた関根勤とよく似ている。表情が豊かだ。キラキラした目の輝きは、好奇心と知性を感じる。まだまだ方向性という部分は未知数だが、高い可能性を感じる素材の楽しみなタレントだ。ある程度、持って生まれた器と言うものもあるのかなぁ。才能って見えないだけに、勘違いしていて救われている人も一方で存在する。
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by suzunobu-nigaoe | 2007-07-27 23:59 | 1980-1984(25~29才)
2007年 07月 26日

前向きで明るくって良い人。【関根勤】

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関根勤、東京都港区出身。1953年8月21日生まれ。コメディアン、タレント。浅井企画所属。娘はタレントの関根麻里。旧芸名はラビット関根。父は東京消防庁勤務の消防士で、謹厳実直な家庭であったと関根自身が回想している。幼少時代は奔放でわがままであり、我を通す為にはかなりわめき散らす子供だったようで、父にはよく「勤、怒鳴るなよ」とたしなめられていたと言う。東京都立八潮高等学校を卒業。薬師丸ひろ子は高校の後輩に当たる。だから何?

1974年、日本大学法学部管理行政学科在学中にTBSテレビ「ぎんざNOW!」の素人コメディアン道場で初代チャンピオンとなる。ちなみに、芸名の由来はは桂三枝が、1975年の干支であるうさぎ年にちなみラビット関根の芸名を命名した。ジャイアント馬場や千葉真一のものまねで注目され、ターゲットをごく一部に絞るような独特のコメントで人気を博している。タモリ・明石家さんま・ビートたけし・高田純次・島田紳助・所ジョージ・ダウンタウン・ウッチャンナンチャン・ナインティナイン・とんねるずなど共演者を選ばない名バイプレイヤーぶりには定評があり、彼らからの信頼も絶大。その出演番組は数多く週に何本ものレギュラー番組を抱える。その一方で、コメディアンとしての初心は忘れず、本業はものまねをメインにお笑い芸人として活躍。

嫌われないキャラ。これが長続きする秘訣かもしれない。からくりTVでの回答を見ても、回転が速く機転が利く。いわゆる空気を読む力に長けている。暗い表情をした彼を見たことがない。それくらい前向きに生きているのかもしれない。彼がいるだけでホッとする空間。かもしだす雰囲気で周りを変えられる存在はスゴイ!これからもきっと、息の長い芸人でいるに違いない。学ぶところが多いタレントだ。
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by suzunobu-nigaoe | 2007-07-26 23:59 | 1950-1954(55~59才)
2007年 07月 25日

サユリスト、健在。【吉永小百合】

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吉永小百合、本名岡田小百合、1945年3月13日生まれ。東京都渋谷区出身の女優。そのファンは、「サユリスト」と呼ばれ、現在も熱狂的な支持層を持つ。作曲家、吉田正の門下生として、数多くのレコードを出している。1957年 渋谷区立西原小学校6年生の時、ラジオ東京(現 TBSラジオ)の連続ラジオドラマ『赤胴鈴之助』でデビュー。10月、ラジオ東京制作のテレビドラマ『赤胴鈴之助』でテレビデビュー。 そんなに長くやってるんだぁ~

その後の活躍を文章にすると、書ききれないので今回は思い切って割愛。半世紀以上芸能界で活躍しているのだから推して知るべし。CM出演もかなり多いのかと思いきや、トヨタ自動車 クラウン(1973年-1983年)、リコー マイツール、東日本旅客鉄道 大人の休日倶楽部、シャープ 液晶テレビ「AQUOS」、カゴメ 植物性乳酸菌ラブレ、野菜ジュースとさほどではない。

彼女の顔は年代ごとに大きく変化している。美少女時代から比べると、年齢は重ねたが穏やかでかつ、深みのある笑顔を持っている。もちろん、彼女を好きな人ばかりではないだろうが、多くの男女を魅了する彼女の演技の特徴は「瞳の表情」か。60歳を過ぎたとき、自身の顔に生き様が映し出されるとしたなら、それはきっと与えられたものだけではなく、その時々の意識が大切なのかもしれない。良い表情してるかな?
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by suzunobu-nigaoe | 2007-07-25 23:57 | 1945-1949(60~64才)
2007年 07月 24日

記憶に残る大関に!【琴光喜】

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琴光喜啓司、1976年4月11日生まれ。愛知県岡崎市出身。身長182cm、体重156kg。佐渡ケ嶽部屋所属、東関脇。生涯戦歴430勝263敗40休(51場所)、幕内戦歴 351勝239敗40休(42場所)、幕内優勝1回。十両優勝1回、幕下優勝1回、殊勲賞2回、敢闘賞4回、技能賞7回。 トヨタ自動車相撲部監督の次男で、小学生から相撲を始め、高校は強豪鳥取城北高校へ相撲留学、2年生で高校横綱となり、将来を嘱望されるようになる。さらに日本大学へ進学し、本格的に才能が開花し、日大相撲部在籍中に27個のタイトルを獲得し、佐渡ケ嶽部屋に鳴り物入りで入門した。

2001年9月場所は13勝2敗をあげ、幕内在位7場所目という史上3位のスピードで初の幕内優勝を果たしたものの、不運も重なり大関獲りは見送られた。最初の大関獲りの失敗後は、怪我もあり低迷が続いた。しかし、先の7月場所では、地元愛知での大関昇進に挑み、12勝目と3場所通算34勝をあげ、悲願の大関昇進を決定的なものとした。31歳3ヶ月での新大関、また新入幕から所要44場所での昇進という史上2位のスロー昇進は記録に残る

細く切れ長の目が特徴的だ。高い鼻と小さな口のアンバランスも控えめな印象を与える。人の良さが窺える。勝負の分野では非情に徹してもらいたい。出世が遅くなった分、今度は焦らずに持ち味の「らしい」取り組みを見せて欲しい。自分らしさって結構難しい。回りの人達と歩調を合わせる方が、どうも日本人は好きみたいだ。私は好きではないが…
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by suzunobu-nigaoe | 2007-07-24 22:49 | 1975-1979(30~34才)
2007年 07月 23日

27才、歳の差カップルで話題!【小柳ルミ子】

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小柳 ルミ子、公称1952年7月2日生まれ。歌手、女優。福岡県福岡市出身。血液型はA型。1970年に宝塚音楽学校を首席で卒業、そのまま「夏川るみ」の名で宝塚歌劇団に入団するも初舞台のみで退団。退団同年、渡辺プロダクションに所属し、NHK連続テレビ小説「虹」で女優としてデビュー。翌年1971年には作曲家平尾昌晃のプロデュースにより「わたしの城下町」で歌手デビューし、160万枚の大ヒットとなる。同曲は1971年のオリコン年間シングル売上チャートで第一位を記録し、当時としてはアイドルのデビューシングルとしては最大のヒットとなる。またレコード大賞最優秀新人賞も受賞した。その後にリリースした「京のにわか雨」や「瀬戸の花嫁」も大ヒットし、天地真理、南沙織らとともに新三人娘と呼ばれ、1970年代前半を代表するアイドルとなった。

1989年(平成元年)に、13歳年下の無名のダンサーであった大澄賢也と電撃結婚。2000年に離婚となる。離婚する条件として、大澄に対して高額の慰謝料を要求したこと、そうでなければ、以前の無名のバックダンサーに戻ることのどちらかの二者選択を迫っていたことが明らかになり、話題となった。2007年(平成19年7月22日)、27歳年下の俳優・石橋正高(28)との婚約を発表。昨年12月12日に亡くなったルミ子の母親の喪が明けてから籍を入れるという。

恋多き女性の代名詞とも言うべき女性だ。ボディは鍛えられているが、顔の衰えは否めない。歳相応と言ったところか…芸能人は辛い。いつでも人から見られ続けなければならないから。そういう意味で一般人は気楽なもんである。すこしは、彼女の日ごろの努力を参考にするのも必要なことではないか?少しは恋もした方がいいかもね。
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by suzunobu-nigaoe | 2007-07-23 23:59 | 1950-1954(55~59才)
2007年 07月 22日

2007年上半期の1位を獲得。【秋川雅史】

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秋川 雅史、1967年10月11日生まれ。声楽家。テノール歌手。愛媛県西条市出身。血液型はA型。4歳よりヴァイオリン、ピアノを始める。西条市立西条南中学校3年生の時に父の指導のもと声楽家へ転向。愛媛県立小松高等学校を経て国立音楽大学卒業、同大学大学院修了。その後4年間、イタリアのパルマにて修行。帰国後、ベートーヴェン作曲の交響曲第9番のソロなど、数々のコンサートに出演。1998年にカンツォーネコンクール第1位、日本クラシック音楽コンクール声楽部門最高位をそれぞれ受賞した。

2006年12月31日の第57回NHK紅白歌合戦に「千の風になって」にて出場。紅白歌合戦出場後、「千の風になって」が2007年1月15日付のオリコンシングルチャート第4位にランクイン。テノール歌手として史上初のトップ5ランクインを果たし、1月22日付のオリコンチャートにて1位となる。ちなみに、代表作「千の風になって」は、著名な詩「Do not stand at my grave and weep」を、新井満が日本語に訳し同氏自らが作曲・歌唱したものがオリジナルで、秋川の歌唱はカバー曲にあたる。

ジュリーにも少し似ている。気のせいか左右の目のバランスがおかしく見えるが…(失礼)人間の体はよく楽器に喩えられる。素材はもとより、いい鍛え方をしてきたに違いない。頂いたもの、与えられたものに甘んじることなく、努力するところに未来があるのかなぁって、彼の生い立ちを調べていて感じた。似顔絵を描くことで様々な人生を学べるのはラッキー!
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by suzunobu-nigaoe | 2007-07-22 21:31 | 1965-1969(40~44才)