鈴信博堂の似顔絵日記

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カテゴリ:1950-1954(55~59才)( 42 )


2009年 04月 02日

自転車愛好家、東京都内の仕事先には自転車で通うほど。【忌野清志郎】

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この題字は三菱鉛筆ボールペン「ジェットストリーム」で直筆したものです。

忌野清志郎、1951年4月2日生まれ。(今日が誕生日)
「2005自転車名人」にも選ばれた。チームLSD(Long Slow Distance)を結成し、奥の細道自転車ツアーやホノルル・センチュリーライドなど長距離サイクリングに挑戦している。愛車は総制作費160万円のロードレーサー「オレンジ号」。今、エコロジーブームも手伝って自転車が見直されている。私も通勤用のママチャリ電動自転車を筆頭に、パンクしないタイヤの自転車、ロードレーサー、マウンテンバイク、折り畳みバイクと一人で何台も所有している^_^;特にこれからの季節には自転車は最高だ。自分のペースで好きな所を走れるところが他の乗り物にはない魅力の一つだ。健康管理にも最適だ。しかしながら清志郎さんは、2006年7月、喉の不調を訴え病院で検査した結果、喉頭癌であると診断され入院生活に入った。放射線や抗癌剤での完治を図った。どんなに注意していても病気は突然やってくる。 予防医学とよく言うが、日常できることは普段から心がけ実践したい。
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by suzunobu-nigaoe | 2009-04-02 23:59 | 1950-1954(55~59才)
2009年 04月 01日

2009年2月、公式ブログ『林真理子のあれもこれも日記』を開始。


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この題字は三菱鉛筆ボールペン「ジェットストリーム」で直筆したものです。

林真理子、1954年4月1日生まれ。(今日が誕生日)
ブログを書く人たちが増えている。営業を目的にしたものや日記風、あるいは掲示板的感覚とその表現はさまざまだが、世界中でも日本のようなブログの広がり方は珍しいらしい。個々の日常をオープンにしていくというのは外国ではあまり例が見られない。日本人の特殊性とでも言うべきか、マメな民族である個性からか、面と向かわなければ何でも言える国民性からかは分らないが、ブログやメールと言った類は好まれるようだ。一昔前は文通が流行った。ペンフレンドなる友人を持つのが学生のステイタスだった時代もある。今や嘆かわしいかな手紙を書く人は激減している。たまにはお気に入りのペンを執って、心をこめて文字をつづる作業も新鮮で趣がある。是非お試しあれ。
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by suzunobu-nigaoe | 2009-04-01 23:59 | 1950-1954(55~59才)
2009年 03月 17日

あらゆる職業を経験した苦労人。【六平直政】

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この題字は三菱鉛筆ボールペン「ジェットストリーム」で直筆したものです。

六平直政、1954年4月10日生まれ。
本人曰く、「お金がもらえなかったことを不幸とは思わない。今の若い者は下積みを知らない」とも言っている。 もちろん今の成功があるから重みのある言葉に聞こえるが、経験が全く無いものに人は即応することができない。あまり職種を転々とするのも関心はしないが、ある程度同じ業界をいくつか経験することは、財産になるくらい大切なことだと思う。役者さんの場合は、いろんな役作りの上からも豊富な人生経験が活きることも多いだろうが、一般的には似たような括りの中でキャリアを高めた方が潰しは利く。だから生活するための目先の金銭も大切ではあるが、その経験が活かせるような仕事選びができたなら最高だ(^u^)
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by suzunobu-nigaoe | 2009-03-17 23:59 | 1950-1954(55~59才)
2009年 02月 15日

落語ワールドへと展開が師匠の談志からも高い評価を得ている。【立川志の輔】

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この題字は三菱鉛筆ボールペン「ジェットストリーム」で直筆したものです。

立川志の輔、1954年2月15日生まれ。(今日が誕生日)
現在も立川流一門だが、現在は個人事務所「オフィスほたるいか」(富山出身)を立ち上げて独自にマネージメントを行い、「日暮里寄席」などの立川流一門の定期興行には参加せずに、独演会の開催や、落語会に参加して、年間150本以上の高座を勤めている。それでも今最もチケットが入手しにくい落語家と言われている。創意と工夫が今の彼を作り上げた。どんな経験も無駄にならない。要は目的意識と新たな発想があるか否かで結果が変わる。私も今皆様に報告できるような結果を導き出せるよう努力したい(^u^)
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by suzunobu-nigaoe | 2009-02-15 23:31 | 1950-1954(55~59才)
2009年 02月 05日

本を出さない、武道館で演らない、テレビに出ないことを公言。【山下達郎】

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この題字は三菱鉛筆ボールペン「ジェットストリーム」で直筆したものです。

山下達郎、1953年2月4日生まれ。
妻は、シンガーソングライターの竹内まりやで、彼女のアレンジャー・プロデューサーでもある。ライブにもこだわりが強く、ホールクラスまでの会場でしか使用しないことでも知られる。これは、日本武道館のような大会場の音響効果に疑問を持っていることと、末席からオペラグラスで見るような状態になるのは観客に失礼と公言していることによる。「クリスマスイブ」などの代表曲でも知られるように、彼の創る音楽は息の長いものが多い。それだけに飽きの来ない洗練された構成になっている。流行的なものとそうでないものには、本質的な考え方の違いがある。ずっと続くものを作るのは大変なことだ。住宅でも今、200年住宅というのが流行りだが、本当にその中でどれだけ後世に残っていくのかは大いなる疑問だ。私自身も今それを問われている。残れるような生き方がしたい。
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by suzunobu-nigaoe | 2009-02-05 23:59 | 1950-1954(55~59才)
2009年 01月 29日

作品の累計売上は1億枚を超えるという。【テレサ・テン】

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テレサ・テン、1953年1月29日生まれ。1995年5月8日逝去。
日本ではどちらかというと演歌歌手のイメージが強いが、実際はかなり幅広いジャンルの歌を歌っており、台湾や香港などで出されたアルバムには、演歌やムード歌謡に加えて台湾民謡や英語のポップス、日本語ポップスのカバー曲なども多数含まれている。外国語にも堪能であり、北京語に加えて台湾語、広東語、日本語、英語に堪能で、山東語、マレー語、フランス語などの言葉も話せたと言われる。日本でリリースされた曲は約260曲ほどであるが、中国語でリリースした曲は1,000曲を越すと言う。偉大なミュージシャンだった。それでも生きとし生けるものはいつか死を迎える。やむを得ないことだが切ない。せめて故人の思い出だけでもいつまでも抱きたいものだ。
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by suzunobu-nigaoe | 2009-01-29 23:59 | 1950-1954(55~59才)
2009年 01月 28日

忌野清志郎とは東京都立日野高校の同級生。【三浦友和】

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三浦友和、1952年1月28日生まれ。(今日が誕生日)
高校生の頃は清志郎とは違うバンドに居た。初期のRCサクセションではバックミュージシャンとして、中期はゲストでライブに参加したことはあるが、RCサクセションの初期メンバーという説は誤りである。誰しも学生時代、1度や2度はバンド活動をしたことがあると言う男子は多いのではないだろうか?私の場合もこの例に漏れず、かぐや姫や井上陽水の曲をせっせとコピーして学園祭などで歌っていた。好みによって好きなミュージシャンも異なるが、拓郎はあまり魅かれなかった。清志郎、いずみやも同様に…。だから今もって、ロック調の楽曲はなかなか覚えられない。洋楽も得意ではない。若い頃に覚えたものを延々と未だに引きずっている。変われるようで変われないね^^;
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by suzunobu-nigaoe | 2009-01-28 23:59 | 1950-1954(55~59才)
2009年 01月 25日

2008年3月、日本中央競馬会(JRA)経営委員会委員に就任。【住田裕子】

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住田裕子、1951年6月21日生まれ。
1977年、テレビ朝日系『欽ちゃんのどこまでやるの!?』に「造田裕子」の名で出演したことがあるという。 元来何事にも積極的な人なのだろう。求めていく人には必ず何か相応の結果が伴う。意欲の有無は結果を大きく左右する。半年先が見えない時代、こんな時だからこそ前向きな気持ちだけは常に持ち続けたい。資格・経験があった方が優遇されることもない訳ではないが、ないものねだりをしてみたところで空しいだけだ。100回目のトライで扉が開かれる事だってあるように、諦めないで取り組むことだ。人生、そんなに捨てたものでもない(^_^)v
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by suzunobu-nigaoe | 2009-01-25 23:04 | 1950-1954(55~59才)
2009年 01月 11日

10年前まではおかっぱ頭の髪型がトレードマークだった。【楠田枝里子】

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楠田枝里子、1952年1月12日生まれ。
170cmの長身で声のトーンが常に一定なこと、世界まる見えでは爆発などを伴うドッキリにもまるっきり動揺しないことから「実はロボットでは」などとネタにされることがあるようだ。職業柄、冷静沈着さが要求されるのだろうが、慌てふためく人は経験が足りないのではないだろうか?私も割と人前で上がったりしない方だが、ここまで来るのにどれだけ場数を踏んだか(ーー;)数と緊張の度合いは比例するように思える。楠田さんはそれだけ、いろんな経験を重ねてきているのだろう。見ていて、聞いていて安心できる司会者のひとりだ。年齢の割りに若く見えるのも見られることを意識している表れではないだろうか。見習いたいものだ…。
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by suzunobu-nigaoe | 2009-01-11 18:54 | 1950-1954(55~59才)
2008年 12月 27日

衆議院解散要求決議案に与党でただ1人賛成し党議拘束に造反。【渡辺喜美】

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渡辺喜美、1952年3月17日生まれ。
2008年12月24日、民主党提出の衆議院解散要求決議案に与党としてただ1人賛成し、党議拘束に造反した。これについて古賀誠選対委員長や菅義偉選対副委員長は「麻生不信任に賛成したということだ」「最も重いけじめをつけてもらう」と除名をちらつかせたが、自民党執行部は渡辺を戒告処分とした。これに対し26日に開催された全国幹事長・政調会長会議の前後に処分の甘さを批判する声があがった。今の自民党は一旦解党しなければいけないと私も感じる。多分、自民党内にも渡辺氏と同じ考えの議員さんは他にもいるに違いない。けれど、いろんなしがらみがあって、勇樹を出して意見を述べることができないのが現状だろう。国民の何割かは、彼の今回の行動を高く評価している。いつの世も大勢に反することは労力とエネルギーが要る。しかし、声を発せなければ変わる事もない。私は彼からいくらかの勇気をもらった。意志貫徹で頑張ってもらいたい。
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by suzunobu-nigaoe | 2008-12-27 23:59 | 1950-1954(55~59才)