鈴信博堂の似顔絵日記

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カテゴリ:1940-1944(65~69才)( 35 )


2009年 01月 18日

長男は小椋の管理会社社長、次男は数少ない琵琶製作者。【小椋佳】

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小椋佳、1944年1月18日生まれ。(今日が誕生日)
東京大学法学部卒業後、日本勧業銀行(後の第一勧業銀行、現: みずほ銀行)に入行。銀行マンとして1993年に退職するまで、証券部証券企画次長、浜松支店長などを歴任する傍らで音楽活動も行ってきた小椋さん。更に第一勧業銀行を退職してから東大文学部哲学科に学士入学。歌手活動と並行して6年間にわたり学業に励んだ。努力の人であり、感性豊かな人物と言うのがよく分かる。才能は並外れたものを授かっていたにせよ、それを開花させたのは彼の努力以外の何者でもない。我々は時に成功者の才能にばかり嫉妬する。しかし、見えないところでの努力は桁外れに大きいことに気付かされる。これからもいい曲を沢山残していただきたい!(^^)!
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by suzunobu-nigaoe | 2009-01-18 23:00 | 1940-1944(65~69才)
2008年 12月 15日

大阪芸術大学演出コース教授に就任し年10回の講義を担当。【細川俊之】

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細川俊之、1940年12月15日生まれ。(今日が誕生日)
70歳に近い方を老人と呼んでは失礼かもしれないが、年齢だけで老い若いを特定できない時代になった。特に良い歳の重ね方をしている人の表情は実に若々しく、若くしても希望の感じられない生き方をしている人は雰囲気からして老けている。ジュリーも今年還暦を迎えたが、素敵な初老の存在は励みになる。細川さんもその一人だ。私も来年50歳になる。ここからどのように歳をとるかが勝負だ。日々の積み重ねなんだろうけれど…。意識するしないはとても大きい。先輩諸氏に見習いたい。
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by suzunobu-nigaoe | 2008-12-15 23:59 | 1940-1944(65~69才)
2008年 12月 09日

昨日が命日でした。【ジョン・レノン】

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ジョン・レノン、1940年10月9日生まれ、1980年12月8日逝去。(満40歳没)
未だ衰えることのない彼の人気。そして、今でも大きな彼の影響力。私は成人するまで殆ど洋楽を聴いたことがなかったが、ビートルズのみならずソロになってからの彼の楽曲は、30年近く経った今聴いても斬新だ。時代を1歩も2歩も先んじていたアーティストだったように思う。ひと言で言うなら太く短い人生だったジョン。しかしながら、その生を受けた年数以上に、後世に多大なものを残していく。そういった意味で彼はずっとずっと生き続けている。今日もどこかで彼の音楽が流れる…。
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by suzunobu-nigaoe | 2008-12-09 23:59 | 1940-1944(65~69才)
2008年 12月 06日

現在はテレビドラマ、舞台を中心に活躍中。【星由里子】

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星由里子、1943年12月6日生まれ。(今日が誕生日)
吉永小百合は学校の1年後輩に当たる。今も現役で篤姫などにも多数出演中だ。人の一生は不公平だ。今日は私の親友の誕生日だが、25歳のとき交通事故で他界してしまった。なぜ彼が選ばれたのかは分からない。ただ、本人の意思とは裏腹に、生きたい生まれたいはコントロールすることができない。命を自ら絶ってしまう人だっているのに、生きることを許されない人々も反対側には存在する。親友と世界を違えて既に23年の歳月が流れてしまったが、未だに記憶も感情もあの時と変わらない。幸いにも私は彼の倍近くを生き長らえている。それなりに意味はあるのかなぁ、生きてるって^^;
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by suzunobu-nigaoe | 2008-12-06 23:59 | 1940-1944(65~69才)
2008年 12月 03日

南沙織は妻、俳優の篠山輝信は次男。【篠山紀信】

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篠山紀信、1940年12月3日生まれ。(今日が誕生日)
魅力を引き出すことの上手な人がいる。篠山紀信が正にその人だ。潜在的な可能性、魅力をいかにして見抜けるかが写真家としての能力だが、たぶん着眼点が違うのだろう。多くの人と同じ角度からではない、違った目線を持ってることが今の時代には求められる。また己をもそういった目で見つめることができないと生き残っていけない時代に入ってしまった。写真家の目で自分自身を激写してみようではないか。厳しき現実を乗り切りましょう!
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by suzunobu-nigaoe | 2008-12-03 23:59 | 1940-1944(65~69才)
2008年 11月 24日

父は俳優の十朱久雄。俳優・小坂一也は元夫【十朱幸代】

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十朱幸代、1942年11月23日生まれ。
女性の魅力とは年齢だけではないなと、この方を見ていると痛感する。最近の中年以降はとても若くなったと言われる昨今、女優という職業柄個人差はあるが、十朱さんは中でも特別に若々しい。私の周りにも実年齢よりかなり若く見える方とそうでない方がいるが、その差は何処から来るのだろうか?最近報道の多い凶悪犯罪で報じられる犯人の顔を例えるのは適切ではないにしても、生き方考え方で表情は大きく変わってくるような気がする。日々穏やかに過ごせる人、不満ばかり抱えて悶々と暮らす人、重ねる年月によって自ずと結果が変わってくることは明白である。一変には変えられないからできることから少しずつ。気持ちの持ち方を変えるだけでも未来を良い方向へ導くことは可能なんではないだろうか?まずはポジティブ・シンキングから(^^)
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by suzunobu-nigaoe | 2008-11-24 23:59 | 1940-1944(65~69才)
2008年 10月 02日

もともとはピッチャーだった。。【王貞治】

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王貞治、1940年5月10日生まれ。国籍:中華民国。東京都墨田区出身。身長:176cm、体重:69kg。 現役時代のニックネームは「ワンちゃん」。左投左打で一塁手であった。読売ジャイアンツ(巨人)の主軸として積み上げた通算本塁打数は868本、その他数々の日本プロ野球記録を保持する。参考までに、当時のアメリカ大リーグでの通算本塁打数記録はハンク・アーロンの755本である。巨人では入団から監督を退くまで背番号1を背に戦い、1番はチームの永久欠番となっている。「世界の本塁打王」、「世界の王」とも呼ばれる。現在は福岡ソフトバンクホークス取締役副社長、ゼネラルマネージャー兼監督。ワールド・ベースボール・クラシック初代優勝監督でもある。二女の王理恵はタレント。監督としては、2008年シーズンが最後となる。

1959年に契約金1500万円、年俸140万円という高卒新人としては破格の条件で読売ジャイアンツに入団。プロ入りの同期には村山実・板東英二・河村保彦・江藤愼一・田中俊幸・張本勲・足立光宏らがいる。1962年にすくい上げる打法を矯正するため、荒川博打撃コーチの指導の下で一本足打法を習得。この打法は一本足で立つ姿から「フラミンゴ打法」とも呼ばれる。1978年には前人未到の通算800号を達成するが、本塁打は39本に終わり、本塁打王のタイトルは44本塁打の山本浩二に明け渡すことになる。この年は打点王を確保するが、これが現役時代最後に獲得した主要打撃タイトルとなった。

日本が世界に誇れる偉人のひとりだ。またその姿勢も大変謙虚で多くの人から賞賛される所以でもある。人間評価の高まりと比例して態度も大きくなるのが一般的だが、王さんのように謙虚な姿勢を保てるのは人間ができている証だ。私なども調子が良い時は鼻高々となり、スランプのときは凹んでしまう。当然態度にも表れているに違いない。まだまだ未熟だなと感じることがこの年齢になってもなんと多いことだろう。実るほど頭を垂れる稲穂かな―という格言があるが、おごらず人には優しくありたいものだ。一杯一杯になると余裕がなくなり、パニくってしまっていることがよくある。日頃から準備をしてそれに備えられるようになれるといいのだが、現実はなかなかそうはいかない^_^;
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by suzunobu-nigaoe | 2008-10-02 23:59 | 1940-1944(65~69才)
2008年 09月 16日

祝、連続描画500日達成!【麻生太郎】

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麻生太郎、1940年9月20日生まれ。福岡県飯塚市出身。学習院大学卒業。祖父(母方):吉田茂。モントリオールオリンピッククレー射撃・スキート日本代表(41位)。漫画好きとしても知られている。外務大臣(第137・138代)、総務大臣(第3・4・5代)、内閣府特命担当大臣(経済財政政策担当)、経済企画庁長官、自由民主党政務調査会長、自由民主党幹事長を歴任。元麻生セメント代表取締役社長。福田改造内閣で自由民主党幹事長に就任。身長174cm、血液型A型。

名門一家に育ち、麻生財閥の元社長であるが「首相の家庭なんて幸せなもんじゃねえ」「両親にほったらかしにされて育った」「生まれはいいが、育ちは悪い」と本人は語っている。べらんめえ口調の軽妙な語り口と毒舌も織り交ぜた発言が、街頭演説などで聴衆から人気を博した。自民党内からも「演説上手」といわれているが、過去度々失言が指摘されている。学習院大学卒業後、スタンフォード大学大学院、ロンドン大学政治経済学院に留学する。帰国後に家業の麻生産業(現麻生セメント)に入社、炭鉱業からセメント業への転換を成功させた。なお、麻生産業時代にブラジルのサンパウロに駐在していた事もある。 自民党夢実現21世紀会議の議長を務め、「国づくりの夢実現検討委員会」を通じて日韓トンネルの実現に向けた政策提言を発表している。

総裁選の最中ではあるが、時期総理はこの人で決まりだろう。しかしながら、自民党にもはや政権能力は無いと、国民の大半が判断しているだろうが今の政局はひどいものだ。ある意味、日本の危機である。転換点とは何時の時代も訪れるもので、このブログも描き始めて今日で連続500日。アクセスもお蔭様でだいぶ増えた。皆さんにご覧頂いてることを意識しながらも自分のために描かせて頂いている。辞めることはいつでもできるが、連続することはそうは叶わない。だから、今はとても幸運な時期だと思う。知り合いの似顔絵描きの人々と比較するとクオリティに問題ありと感じる部分も無くはない^_^;しかしながら、私の場合自分なりにルールを設け、その中で作品を仕上げることを目標にしている。いろんな方のご意見は励みになる。これからも続けられる範囲で頑張るつもりだが、もしかして連続記録は明日途切れるかも知れない(^.^)それはそれで受け入れようではないか。これからも無理をせず、可能な限り描き続けていきたい。応援よろしくお願いいたします。
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by suzunobu-nigaoe | 2008-09-16 23:59 | 1940-1944(65~69才)
2008年 09月 12日

元プロボクサーだって!?リングネーム「グレート安藤」【安藤忠雄】

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安藤忠雄、1941年9月13日生まれ。大阪府大阪市港区生まれ。双生児の兄として生まれる。双子の弟は北山孝雄。東京で都市コンサルタント業/商品デザイン業-北山創造研究所を経営。3人兄弟で一番下の弟は建築家の北山孝二郎(ピーター・アイゼンマンとのコラボレーションで名を馳せた)。打ち放しコンクリートの住宅や商業建築を次々と発表し、世界的な評価を得ている。

インテリアデザインや家具の製作で得た資金を手に、24歳の時から、アメリカ、ヨーロッパ、アフリカ、アジアを4年間にわたり放浪して回る。大学での教育は受けていないし、建築設計事務所でのアルバイト経験だけで、所員として修業したこともないが、1日4時間の睡眠で通信講座など独学で猛勉強し、建築家となる。1969年に安藤忠雄建築研究所を大阪に設立し、個人住宅を多く手がける。1976年に、「住吉の長屋」(大阪市住吉区)が高く評価され、大規模な公共建築ではない小さな個人住宅として、はじめて日本建築学会賞を受賞した。以降、コンクリート打ち放しと幾何学的なフォルムによる独自の表現を確立し、世界的な評価を得る。2008年、大阪府政策アドバイザーに就任。(水都・都市景観分野)

この方もある意味努力家であり、天才肌なのかもしれない。独学で一流の建築家にはなかなかなれるものではないが、できる人はその最短の工程が分かって努力できるのかもしれない。風貌も独特な個性が窺える。周りの評価など気にならない所以だろう。認められるかどうかで結果にっつながる仕事と、数字が全ての仕事、大きく分けて仕事の評価は二分できるが、後者はそれはそれで厳しい。たとえば売り上げを上げるにしても、日々始まりであり日々結果を求められる。調子の良い時ならいいが、営業的な仕事は職種を問わず波がある。続けることが成功の秘訣と言った人がいたが、私も最近このブログサイトを通じてあるおせんべい屋さんとコラボすることになった。改めて報告するが、まいた種が何時芽が出るかは誰でも不安だが、「農夫の確信」にも似て信じて行うことこそ大切な気がする。
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by suzunobu-nigaoe | 2008-09-12 23:59 | 1940-1944(65~69才)
2008年 08月 27日

「オレ、この味好きだよ。」by CASTER。【藤達也】

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藤竜也、本名:伊藤龍也、1941年8月27日生まれ。(今日が誕生日)出生地:中国北京。神奈川県横浜市育ち。日本大学藝術学部演劇学科卒業。大学在学中にスカウトされ日活に入社、1962年映画『望郷の海』でデビュー。数多くの映画に出演した。硬派・コミカル・シリアス・バラエティとあらゆる役幅を持っており、演技力は自在。口髭がダンディな印象を醸し出す。70年代前半までは凶悪犯や用心棒などの悪役・敵役を演じる機会も多かった。現在は黒沢清監督の『アカルイミライ』を始め若手監督の作品にも意欲的に出演し、味のある演技でファンを魅了している。2004年『村の写真集』(三原光尋監督)で第8回上海国際映画祭最優秀男優賞を受賞。

妻は元日活女優の芦川いづみ。また、陶芸についても才能を発揮、陶芸好きから映画『KAMATAKI』で吉行和子と競演、テレビドラマ『汚れた舌』でも陶芸家の役で出演している。現在、スポーツジム等で身体を作る俳優は多いが、藤竜也はその先駆者とも言える。テレビドラマの『時間ですよ』で人気を博した頃より後、彼の肉体はいつしか鍛え上げられたものへと変貌し、藤の役者としてのプロ意識・美学が窺われる。

男の渋さを表現する言葉に、いぶし銀がある。正に彼にピッタリの形容詞だ。どのように歳を重ねるかによって、見た目・雰囲気・知性等大きく異なる。何をとっても日々の積み重ねだ。カロリー過多の人は太るし、愚痴の多い人は必然的に表情が暗くなる。仮に人間と言うものがひとつの作品であるなら、カンバスに日々色を重ねていると言っても過言ではないだろう。そのためにも多少の誉められる容姿でありたいものだ。努力とかじゃなくて、楽しみながら満足のいく作品に仕上げられたら幸せかな^_^;
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by suzunobu-nigaoe | 2008-08-27 23:59 | 1940-1944(65~69才)