鈴信博堂の似顔絵日記

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2009年 03月 31日

かなりの恐妻家で、妻には頭が上がらない。【宮迫博之】

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この題字は三菱鉛筆ボールペン「ジェットストリーム」で直筆したものです。

宮迫博之、1970年3月31日生まれ。(今日が誕生日)
『行列の出来る法律相談所』などで宮迫は「タイの仏像のように微動だにしない」「離婚をしてほしいが禁句」「夫は仕事で疲れているのに家事労働とまるで奴隷」などと語っている。さらに、番組で宮迫の妻のネタをすれば折檻が待っているとも発言している。ちなみに他の恐妻家、野々村真・川崎麻世・峰竜太は妻も芸能人である。宮迫のように、テレビに出演していない身内を公の場で一方的に非難する「恐妻家タレント」は他にあまり例が無い。また、宮迫の妻の写真のテレビ番組への顔出しは一切NGとなっているようだ。芸能人は話題になってナンボの世界。いろんな売る出し方があるものの、プライベートをオープンにしていくことは結構しんどいのではないだろうか? 幸いにも彼は芸達者だからまだいいが、芸の代わりの話題作りでは本末転倒になる。上辺だけのごまかしだけでは長続きしないことは、多くの人が気付き始めている。人となりの中身を充実させたい。私自身も^_^;
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by suzunobu-nigaoe | 2009-03-31 23:59
2009年 02月 28日

2006年12月に全盛期の自身の自伝「ふぞろいな秘密」を発売し話題に。【石原真理子】

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この題字は三菱鉛筆ボールペン「ジェットストリーム」で直筆したものです。

石原真理子、1964年2月4日生まれ。
歌手、玉置浩二(50)と復縁し、25日入籍した。同日午後、東京駅で会見した玉置は、「ジジイ化しちゃいましたが、まだときめいています」と話した。2人は1985年に不倫愛が発覚、翌年に破局したが「ふぞろいな秘密」の中で玉置のDV(近親者暴力)癖を暴露。受けた暴力に大きくページがさかれ、腰の骨が折れる大けがを負ったことなどを告白した。破局からの長い年月を玉置は「真理が散歩して、僕は反省して散歩の帰りを待っていたら、24年間経っちゃった」、石原は「あっという間でした」と振り返った。とかく男と女は分らない。本人同士がいいならそれでいいではないか(^v^)歳を重ねてからの男女の理解もそれはそれでいいのかもしれない。当人同士以外他人には分らないことが沢山ある。人間はそれ自体が神秘だ。
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by suzunobu-nigaoe | 2009-02-28 21:18
2009年 02月 04日

ストレス解消の為にテニスを始めたらしい。【草野満代】

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この題字は三菱鉛筆ボールペン「ジェットストリーム」で直筆したものです。

草野満代、1967年2月4日生まれ。(今日が誕生日)
人生が変わる1分間の深イイ話で本人の投稿で「ストレス解消の為にテニスを始めたが、一番ストレスを解消するのはコーチの顔面を目掛けてサーブをする」と発言した。司会の島田紳助から「こんな事を言ったらお茶の間の好感度を下げるだけ」「恋愛をまともにしていないからストレスがたまるんだ」と言われた。ストレスは現代社会に生きている誰もが感じている。しかしながらその解消法の上手下手で、精神的・肉体的にも大きな変化を及ぼすのがストレスだ。私の場合、文字を書くと言う作業もその解消法のひとつであるが、好きなことに集中している時間が効果的な気がする。逆に何もしないでいる時間は不安になってくる。常に動いていないとダメな回遊魚体質なので、忙しいくらいがちょうどいい。癌の原因も多くがストレスだという。切っても切れない関係なら、できるだけ上手く付き合いたいものだ。
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by suzunobu-nigaoe | 2009-02-04 23:59
2009年 01月 31日

4大大会シングルス連続出場記録「58」で男女共に更新中。【杉山愛】

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杉山愛、1975年7月5日生まれ。
杉山完敗グランドスラム失敗。と言っても全豪テニス準優勝は大したものだ。杉山はダブルスの名手としてよく知られ、2000年と2003年、彼女はダブルス世界ランキング1位を記録した。シングルスとダブルスの同時トップ10入りは日本人初であるとともに、世界でも限られたトップレベルのオールラウンド・プレーヤーであることを意味する。今年の全豪オープンでダニエラ・ハンチュコワと組み決勝戦まで進むが、ウィリアムズ姉妹に3-6、3-6で破れ『キャリア・グランドスラムは以降に持ち越しとなった。先輩の伊達公子が引退後、日本テニス界をひとりで牽引してきた彼女。とりあえずお疲れ様と慰労したい。現役をあと何年続けられるかは本人も意識しているだろうが、彼女自身が納得したタイミングで終われることが望ましい。もう少し活躍が見られることはそれはそれで楽しいが…(^_^)v
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by suzunobu-nigaoe | 2009-01-31 20:30
2009年 01月 17日

百恵ちゃんも今日で50歳。【山口百恵】

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山口百恵、1959年1月17日生まれ。(今日が誕生日)
かつて評論家の平岡正明氏が『山口百恵は菩薩である』を著すなど、多くの文化人に時代を象徴するスターとして語られた。未だに根強い多くのファンに支持され続けている。彼女の魅力はクール・ビューティー&母性愛的なおおらかさだろうか^^; 魅力的な女性と言うのは年齢を重ねても変わることが少ない。むしろ、年と共に一層人間的な深みが重なりその魅力を増す方も多く見かける。男性に比べ、精神面の強さは女性の方が大きい気がする。そのように創られたから、神様は女性に力を与えなかったのだろうか(ーー;)しかし、最近は力でも負けてない人も多々見かける。彼女のようにライフワークを持って生きることは大切だ。それにしても時の流れは早い。50歳になったのかぁ(>_<)
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by suzunobu-nigaoe | 2009-01-17 20:45
2009年 01月 05日

2008年12月24日放送のイブニング5で飯島愛に追悼コメントをした。【髙田万由子】

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髙田万由子、1971年1月5日生まれ。(今日が誕生日)
本人がはしごだかの本人がはしごだかの「髙田」にこだわりがあるため、番組出演時に「高田万由子」ではなく「髙田万由子」という表記になっている。人には誰しもこだわりと言うものがある。特に名前、地名等の誤表記、誤発音は許せないときがあるのも事実だ。私は茨城県出身だが、多くの人は「いばらぎ」と発音する。正しくは、「いばらき」が正解だ。前者では大阪の地名になってしまうし、どこか別な地域を呼ばれているようで居心地が悪い。間違いは誰にでもあるが、それに気づいたならできるだけ正確に訂正しよう。大した事ないと高をくくるのはデリカシーがない証拠だ。相手の気持ちになってね(^_^.)
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by suzunobu-nigaoe | 2009-01-05 23:59
2008年 10月 22日

ペンペン(ペンギン)の育ての親として好感度アップ。【DAIGO】

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DAIGO、本名:内藤大湖 、1978年4月8日生まれ。血液型AB型。東京都出身。玉川大学文学部芸術学科中退。母方の祖父は政治家の竹下登元首相。姉は漫画家の影木栄貴。大叔父は衆議院議員竹下亘である。 2003年、DAIGO☆STARDUSTとしてメジャーデビュー。BREAKERZ結成とともにDAIGOに改名した。身長178cm。体重55kg。メジャーデビュー前はSIAM SHADEの後輩バンドJZEIL(ジェイル)のボーカルとして活動。当時は、様々なヴィジュアル系バンドが活動する中で、金髪とど派手なメイクとセクシーな衣装がトレードマークだった。

元Due'le quartzの雅や元DAS:VASSERの響兵などと交流があった。その後も地道に音楽活動を続けていたが、偶然彼をVTRという形で見る機会があった氷室京介の目にとまり、氷室自らが彼のデビュー曲のプロデュースを申し出る。そして2003年7月21日、25歳でDAIGO☆STARDUST」として、氷室京介作曲の『MARIA』でメジャーデビュー。最近は竹下登の孫である事や、その言動が注目を集め、バラエティ番組やCMに出演することも多い。好きな言葉は「クール&スペイシー」。BOOWYに多大な影響を受けた。

「宇宙からやってきたロック王子」という設定で「DAIGO☆STARDUST」を名乗ってはいたが、出身星など設定の詰めが甘かったため演じる本人が厳しくなり、ビーイング移籍を機に封印したと言う何とも彼らしい逸話が数多い。 人は完璧である必要はない。微笑ましいキャラクターであれば愛されるし、賢くとも鼻につけば嫌われる。本人の努力もあるが、持って生まれた資質も大きい。人は皆誰でも周りから好かれたい、認められたいと思って生きている。けれど現実は思いとは裏腹にそう容易ではない。
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by suzunobu-nigaoe | 2008-10-22 23:59
2008年 09月 26日

弟子には泉ピン子、牧ひろしらがいる。【牧伸二】

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牧伸二、本名:大井守常、1934年9月26日生まれ。(今日が誕生日)東京都目黒区出身。ハワイアンをアレンジした自作曲に、やんなっちゃった等の社会批評を乗せて歌う、ウクレレ漫談の創始者。ギターに持ち替えたり、レゲエやロックに挑戦したこともある。中学時代の2年後輩に、立川談志がいる。夜間高校に通いながら、温度計屋に勤める。高校1年のころ、牧野周一の漫談をラジオを聞き、浅草の話術同好会「話術クラブ」に入る。

高校卒業後、家業の板金屋を継いでいたが、1957年にラジオ東京(現TBS)の『素人寄席』で7週連続で名人位を獲得。この実績をもって牧野に正式入門を許され、牧伸二の芸名をもらうと共に、ウクレレ漫談を薦められた。歌うボヤキ漫談『やんなっちゃった節』で人気者になり、早くも1960年に文化放送でレギュラー番組『ウクレレ週刊誌』を持たされる。この『やんなっちゃった節』は、時世に応じた1500余の歌詞ストックがある一方、牧自身も舞台で原曲を披露することがある。1965年に第2回日本放送作家協会賞・大衆芸能賞を受賞し、喜劇映画・バラエティ番組などにも活躍の場を広げた。余りに早く成功したため芸の壁にぶつかり、一時舞台を休み勝ちになったが、師匠の牧野周一が穴埋めをした。デビュー以来在籍した佐藤事務所の解散に伴い、一門を率いて2007年に独立した。

とにかく芸歴が長い。74歳にしてバリバリの現役だ。野球選手のアラフォー引退から見れば驚異的な息の長さだ。培ってきた引き出しの数も半端じゃない。だからどんな状況でも慌てずに対応できる。若者との違いは経験の差とでも言ったところだろうか。今日は私は単身札幌に来ている。残念ながら遊びではない。今日ぐらいから寒いと感じるようになったと、現地の方も言っていた。季節が確実に変化している。人間の一生も季節にたとえるなら、牧さんは年齢的に言うと一般的には冬に近い(失礼)はずだが、まだまだ元気だ。個人差があるんだなぁとつくづく痛感する。意識の持ち方、鍛え方、環境で季節の進行度合いは全く異なるのが人間の体。北海道の方は車に乗る週間が多いせいか、東京の人たちより歩かないと聞かされた。すすきのから駅まで食後の散歩をしてきたが、街が広々していて散歩するのも気分が良い。これも健康であってこそだ。牧さんの今後の活躍にも期待したい。
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by suzunobu-nigaoe | 2008-09-26 23:59
2008年 07月 30日

『ターミネーター4』には出演しない。【アーノルド・シュワルツェネッガー】

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アーノルド・シュワルツェネッガー、愛称シュワちゃん。1947年7月30日生まれ。(今日が誕生日)オーストリア生まれでアメリリカ育ち。代表主演作として『ターミネーター』、『プレデター』、『コナン・ザ・グレート』、『トゥルーライズ』、『コマンドー』などがある。日本でも数度の来日でバラエティ番組や各種のCMに出演した。同性愛及び同性婚には反対の立場をとっている。葉巻を愛喫し、好きな銘柄はコイーバ(Cohiba)である。また20世紀最高のボディービルダーと評されることもある。

2006年1月8日午後、カリフォルニア州ロサンゼルスの路上で、大型オートバイを運転中に乗用車と衝突事故を起こし、唇を15針縫う怪我を負った。なお、2001年12月にもオートバイで転倒し肋骨を6本折っている。CM出演:カップヌードル(日清食品)両手に巨大なやかんを持った「やかん体操」編が有名。振り付けはラッキィ池田。 アリナミンV(武田薬品工業)CMキャラクターの「魔人V」に扮した。宮沢りえとの共演も話題になった他、池乃めだか、島木譲二ら吉本新喜劇の俳優と共演したバージョンもあった。

一介の俳優が今やカリフィルニア州知事である。知名度は何処の国でも抜群の集票力を持つ。日本でも宮崎県知事、大阪府知事、東京都知事と枚挙に暇がないが、政治家になるための要素として認知度は大切だ。できるものならば名前先行で終わることなく、シュワちゃんを筆頭に地域住民の代表として、地方政治を活性化頂けることを切に望む。知名度は諸刃の剣でもあるのだから。
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by suzunobu-nigaoe | 2008-07-30 23:59
2008年 07月 28日

村上春樹チルドレンと自称。【スガシカオ】

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スガシカオ、菅 止戈男、1966年7月28日生まれ。(今日が誕生日) 血液型O型。東京都渋谷区出身。身長171cm。体重57kg。二浪を経て東京経済大学に入学。卒業後、制作会社に入社。配属は新規開発事業部。この当時、ファンクバンドマラカスホワイトスペシャルバンドのボーカルとして不定期に活動。その後、4年間のサラリーマン生活を経て退職。1995年、インディーズよりミニアルバム「0101」を発売。その後、現所属事務所であるオフィスオーガスタと契約。1997年2月、キティ・エンタープライズ(現ユニバーサルミュージック)より1stシングル『ヒットチャートをかけぬけろ』で、30歳にしてメジャーデビュー。業界の常識では考えられない遅すぎるデビューと言われる。以後、ラジオ局のヘビーローテーション、音楽専門誌を中心に、業界の注目を集める。同年9月、1stアルバム『Clover』発売。

1998年、SMAPのシングル『夜空ノムコウ』に詞を提供。SMAP初のミリオンセラーとなり、スガシカオの名も一躍全国区に知れ渡る。同年8月には初の全国ツアーを敢行。1999年、杏子、山崎まさよしとのスペシャルユニット「福耳」名義でのシングル、『星のかけらを探しに行こう Again』が発売。2001年、5thアルバム『Sugarless』発売。オリコンアルバムチャート初登場1位を獲得。2003年、BMG JAPANに移籍。作品は所属事務所提携レーベル「オーガスタレコード」からの発売となる。2006年、NHK制作番組『プロフェッショナル 仕事の流儀』のためのスペシャルユニット「k?kua」に、ボーカル及び作詞・作曲として参加。その主題歌『Progress』を発表。同年2月には1966年生まれのアーティストが集結したイベント「ROOTS 66:DON'T TRUST OVER 40」に参加。トータス松本、田島貴男、斉藤和義等と共演。同年12月、第57回NHK紅白歌合戦に初出場。ソロ名義で『Progress』を演奏。

転職ミュージシャンとして今ではすっかり有名な彼。仕事のできたサラリーマン時代を語るエピソードとして、役職を係長に上げるから辞めないでくれと慰留された経緯がある。人間転機は誰にでもある。私も何度か転職もした。しかし、過去の経験が全く活かされない仕事に就いてしまう人も少なくない。幸いにも私はキャリア、人間関係も含め、活かされている現状に恵まれているなと痛感する。無駄にならない過去、切れない人間関係、心掛け次第で点と点ではなく線に変えることも難しくはない。一度切ってしまったらゼロからのスタートになる。繋げる工夫も意味のあることだ。スガシカオも無駄ではなかったサラリーマン時代と、インタビューで答えていた。
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by suzunobu-nigaoe | 2008-07-28 23:59