鈴信博堂の似顔絵日記

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2008年 10月 09日

映画主演依頼も「歌しかできない。」と断った過去が。【夏川りみ】

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夏川りみ、1973年10月9日生まれ。(今日が誕生日)沖縄県石垣市出身。幼少期から父親に連れられて各地ののど自慢大会に出場して主に民謡を歌い、多数の賞をもらう生活だった。中学時に上京、田辺エージェンシーに所属。堀越高等学校に入学(SMAPの稲垣吾郎とは高校の同級生。)し、ポニーキャニオンから演歌歌手星美里としてデビューしシングルCDを3枚発売するも、ヒットが出せずに引退し那覇市に引っ越した。姉の飲食店を手伝ったりラジオのアシスタントをしていたが、ポニーキャニオン時代のディレクターが夏川のために音楽事務所を立ち上げ、東京に呼び寄せ再デビューした。以後、しばらくヒット曲に恵まれなかったが、「涙そうそう」のヒットで一躍有名となり、それ以降、「童神~ヤマトグチ~」、「ココロツタエ」、「愛よ愛よ」などのヒットを放つ。現在では沖縄県出身であることを再認識し、沖縄関係のコンサートへの出演、沖縄関係の雑誌にコラムが載ることが多い。

天性の歌声と実力がありながら、リリース曲の多さの割にそれらが生かされた曲にそれほど恵まれてはいない、という評価も多い。自ら三線、琉笛、三板を演奏しながら歌うことも多い。歌う時、手話のような振りをする時がある。「童神」での赤ん坊を抱く様子や、「さようなら ありがとう」での“笑ってね”という歌詞に合わせた“笑う”という手話、など。2006年の『第57回NHK紅白歌合戦』で「花~すべての人の心に花を~」を歌唱したときも、歌詞にあわせて手話を行なった。コンサートなどでは鼻緒付きの履物が多い。沖縄の特産品であるおとひめサンダルを履いていることが多い。 2008年5月24日、5月26日、日本ベトナム外交関係樹立35周年記念事業、ハノイ・ホーチミン音楽祭に参加。

まだ30代半ばだが苦労人だ。歌手としての素材は恵まれていても必ず売れる世界ではない。逆の言い方をすれば下手でも売れるのが歌手と言う職業だ。評価はお客様が下す。自らの努力、満足で決まるものではない。「奇跡は偶然ではない。」とは昨日描いたウエンツ瑛士の口癖らしいが、努力もしないところに奇跡は訪れないと言うことだろうか…。でも努力ってなんだろう?一生懸命やるべきことを行う-ことなのか?なんか違うような気がする。悲壮感が強すぎてもいけない気がする。虫が電灯のような明るいところに集まるのは習性によるものだが、奇跡・幸せにも似たような習性を感じてしまう。ただ一生懸命するのではなく、そこに楽しさ・笑い・明るさと言ったものが加われば自ずと道は開けてくるのではないだろうか。居眠りするときも上を向いて寝るくらいの前向きさ(苦笑)あってもいいかな^_^;
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by suzunobu-nigaoe | 2008-10-09 23:59 | 1970-1974(35~39才)


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