鈴信博堂の似顔絵日記

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2008年 10月 05日

現在、三男三女の母(実子3人)。【橋本聖子】

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橋本聖子、1964年10月5日。(今日が誕生日) 北海道安平町出身。駒澤大学附属苫小牧高等学校卒業。4人兄弟の末っ子。実家はマルゼンスキーで知られるマルゼン橋本牧場。東京オリンピックの直前に生まれ、聖火にちなんで「聖子」と名付けられた。この事から、後にマスコミで「五輪の申し子」と呼ばれるようになった。父親の方針によりわずか3歳でスケート開始。中学3年の時、全日本選手権を初制覇。駒澤大学附属苫小牧高等学校に入学。全日本スプリント、全日本選手権で優勝。高校1年で世界ジュニア選手権の日本代表に選ばれる。女子高校生で太ももが62 cmもあることを指摘され、コンプレックスとなっていた。原因不明の呼吸器系の病気にかかり生死をさまよった。だが、見事に復活し全日本選手権で「4種目完全制覇」を達成。

1983年、高校卒業後、富士急行株式会社へ入社。スケート業に専念する傍ら、1988年には自転車競技へも挑戦し話題となった。夏冬とオリンピックに出場を果たした橋本であったが、当時のマスコミからは「五輪オタク」とバッシングされて悩んでいたという。1994年、富士急行株式会社退社。1998年、元ラグビー部で島村宜伸農林大臣のセキュリティポリス(SP)にもついていた警視庁警備部警護課所属の巡査部長と結婚。2000年8月、園田天光光以来51年ぶり、現役国会議員として2人目、参議院議員としては初の出産を経験。これに先立ち、妊娠が判明した後の同年3月、出産による本会議欠席を認める参議院規則改正が行われ、国会議員の産休制度が事実上認められた。なお、橋本自身は直前まで議員活動をし、入院後わずか2時間で出産。初の子供を授かった。

スポーツ選手の政治家転進ケースは珍しくなくなったが、その殆どが短い期間で政界を退いてしまう。まるで当初のパフォーマンスと言う目的を達せばそれで目的は済んだかのように…。しかし、彼女の場合は既に3期目。しかも、3人も子供を出産しながら、より政治家としての高みを目指そうとしている。十派一からげと昔から集団を同じレベルで見ようとする習慣があるが、どんな世界にも志の真っ直ぐな人はでてくるもので捨てたものでもない。政局も解散時期をめぐって右往左往しているが、現状のまま改革と言うのは到底おぼつかないだろう。むしろ、スクラップアンドビルド的に0に戻して建て直す方が時間的にも早いかもしれない。今度の選挙は日本のこれからを決める大事な選択になる。今から対象の政党、人物を見極める努力を一般有権者の我々にも試されている時期だ。選ぶと言う義務もきちんと果たしたいものだ。
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by suzunobu-nigaoe | 2008-10-05 23:59 | 1960-1964(45~49才)


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