鈴信博堂の似顔絵日記

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2008年 09月 28日

妻、奥居香との出会いは番組中の壮絶な喧嘩がきっかけ?【岸谷五朗】

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岸谷五朗、1964年9月27日生まれ。東京都武蔵野市出身。東京都立小平高等、学校卒業、中央大学商学部中退。血液型O型。妻は元プリンセス・プリンセスのボーカルであった奥居香。大学在学中、三宅裕司が主催する劇団スーパー・エキセントリック・シアターに入団。『夜明けのミステリーはローズマリー風味』で初舞台を踏み、看板俳優として活躍。1987年に同劇団の寺脇康文、山田幸伸とユニット「SET隊」(せったい)を結成し、ラジオドラマやコントなどの活動を行う。役者として独り立ちする為に1994年劇団を退団。同時にスーパー・エキセントリック・シアター退団した寺脇とは、企画ユニット「地球ゴージャス」を結成。

TBSラジオで放送していた『岸谷五朗の東京RADIO CLUB』で初めてディスクジョッキーとなり、ホンジャマカの恵俊彰と共演。この番組が切っ掛けで2人の知名度が急上昇。映画『月はどっちに出ている』では主役に抜擢され、以後テレビドラマや映画に引っ張りだことなる。現在2児の父親。世界エイズデーに全国で開かれていれる『AAA?アクト・アゲインスト・エイズ』の発起人でもある。AAA関連の人物との交流が深く、ファンでもある桑田佳祐のラジオ番組『桑田佳祐のキヤノンFMワンダーランド?やさしい夜遊び?』に、毎年暮れに出演している。ドラマ『みにくいアヒルの子』で北海道から東京に出てきた教師を演じたことがきっかけで、北海道に関係のある商品のCMに出ることが多い。

舞台共演から親しくなっていた本田美奈子の葬儀では、弔辞を読んだ。「本当の天使になった美奈子ちゃんへ」という一節は、多くのファンの涙を誘っていた。私も父母両親の弔辞を読んだことがある。どちらも不思議と涙は出なかった。相応の準備期間があったからだと思う。25歳のとき親友を事故で亡くした時には大泣きした。突然だったからまさかという想いが拍車をかけた。これまで何人の人を送ってきただろうか?生まれてきた順という訳ではないから難しい。私の場合、仮に寿命を全うしたとしてあと30年程度生きられる可能性はある。しかし保証のない時間だ。何ができるだろうか?せめて人に迷惑をかけない生き方だけは心がけたい。欲を言うなら集大成としての形が残るなら嬉しい。岸谷さんも世界エイズデーに対して自らの活動をしているが、私も社会貢献をしなくちゃいけないと最近よく思うようになってきた。果たして何ができるだろうか?日々の暮らしに追われ、模索するだけの毎日だ。
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by suzunobu-nigaoe | 2008-09-28 23:59 | 1960-1964(45~49才)


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