鈴信博堂の似顔絵日記

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2008年 09月 11日

いい人にめぐり合えるといいね。【三原じゅん子】

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三原じゅん子、本名:三原順子、1964年9月13日生まれ。東京都板橋区出身。血液型はB型。明治大学付属中野高校夜間部中退。翌1972年、東京宝映テレビ・劇団フジに入団。入団まもなく、劇団フジ定期公演「青い鳥」に出演。続いて「マッチ売りの少女」の主役に抜擢される。 1975年、第29回定期公演で「強制収容所の少女」の主役シズエを演ずる。1979年、『3年B組金八先生』に出演し、第13話以降「山田麗子」役で役柄からの「つっぱり」のイメージで人気が急上昇した。リンチをするシーンでは自分では殴らず大人数を指揮し、「顔はやばいよ、ボディやんな、ボディを」のセリフは有名となり、三原を表す代名詞になった。1980年、明大中野学校定時制に入学。同年に歌手デビュー。以降、1986年までコンスタントにシングルを発表した。ビーイング創設者の長戸大幸が作曲したデビューシングル「セクシー・ナイト」は売り上げ30万枚を超えるヒットとなり、同時期の「マルベル堂・プロマイド人気」では第1位となった。

1987年から1999年にかけては、カーレーサーとしても活動。国際B級ライセンスを持つ。2005年からはレーサー時代の経験を活かし、二輪レースチーム「weave×MIHARA PROJECT」のオーナー兼監督を務める。1990年6月にはレーサーの師匠でもあった松永雅博と交際、妊娠・流産、結婚。8年後の1998年2月より別居、1999年5月20日離婚。1999年11月28日、お笑いコンビ「アニマル梯団」のコアラと再婚。2000年6月1日に大々的な披露宴を開いた。2000年7月に妊娠3ヶ月のオメデタ会見を開くも、同年8月19日2度目の流産。2007年10月6日に離婚。

恋愛遍歴があまりにも多い。美人の周りに男は群がるものだが、その多くの中から選ぶ目を持てないのはモテナイ以上に悲劇だ。昔から男運が悪いと言われる人たちがいる。その殆どの人たちはきれいな人たちが多いような気がする。本質を見る目を養われなかった結果か、単に運が悪かったのかは不明だが、人生は結局大切な部分は自分で選択していかなければならないと言う事実は残る。モテナイ人から見たら羨ましい話かもしれないが、幸せ不幸せは自分が感じることだ。人から評価されることではない。そういう意味でも、後悔しない人生、選択をしたいものだ。三原さんもいい人にめぐり合うことを祈りたい。
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by suzunobu-nigaoe | 2008-09-11 23:59 | 1960-1964(45~49才)


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