鈴信博堂の似顔絵日記

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2008年 08月 30日

シンクロのマーメイドは今コメンテーター。【小谷実可子】

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小谷実可子、1966年8月30日生まれ。(今日が誕生日)東京都出身。日本大学文理学部卒業。小学生のころからシンクロに親しみ、1978年には日本代表として「カナダ年齢別選手権大会」でソロ、デュエットとも3位に入賞した。1982年にアメリカのノースゲート・ハイスクールにシンクロ留学。アメリカのナショナルチームを指導したゲイル・エメリーに師事。1999年、元陸上短距離選手で現・明海大学助教授の杉浦雄策と結婚、2006年現在二児の母である。2006年10月、政府の教育再生会議委員に就任。2007年、国際水泳殿堂に表彰された。

2008年1月グアム自然大使に任命。1985年、パンパシフィック水泳選手権でソロ2位、デュエット優勝。この年から全日本水泳選手権で4連覇達成を飾る。1988年ソウルオリンピックで日本選手団の旗手を務める。競技でもソロ、デュエット(田中京とのコンビ)でともに銅メダルを獲得した。1992年バルセロナオリンピックにも2大会連続で五輪代表に選ばれたが、ソロは奥野史子、デュエットは奥野と高山亜樹が出場となり、小谷の出番は無いままに終わる。バルセロナ五輪後、小谷は現役引退を表明した。第一線を退いてからはスポーツコメンテーター他、オリンピック関連の委員を歴任している。

スポーツ選手が現役引退した後、同じフィールドで仕事をするケースと、全く異業種で新たなチャレンジをする二つのパターンに分かれる。彼女の場合、前者の道で自分のパーソナリティを活かす生き方を志しているようだ。サラリーマンの場合も異業種を渡り歩く人がいるが、新たに学ばなければならない時間的ロスを考えると、できるだけ同じ職種を選択したほうが無駄がないかもしれない。でも、人生そのものが無駄の上に成り立ってると言う考え方もできなくはない。いっそのこと、180度異なる世界への転進だって考え方次第では楽しい。しかしながら、食べなくては生きていけない人間は稼がなければならない。そう考えると、よほど恵まれた環境でない限り自ずと道は限定されてしまうのかな?小谷さんも北京オリンピックのレポーターとして活躍
されていたが、他の世界にも可能性の目を向ける時が訪れることを切に願う。
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by suzunobu-nigaoe | 2008-08-30 23:59 | 1965-1969(40~44才)


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