鈴信博堂の似顔絵日記

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2008年 08月 19日

日本柔道の砦を死守した立役者。【石井慧】

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石井慧(さとし)、1986年12月19日生まれ。大阪府茨木市出身。柔道家(四段)。茨木市立大池小学校、清風中学・高校、国士舘高校を経て、国士舘大学在学中。身長181cm。体重100kg。出身道場は修道館(大阪府)。2006年全日本柔道選手権大会で鈴木桂治を敗り、19歳4ヶ月の史上最年少で初出場・初優勝、一躍注目を浴びた。2006年アジア競技大会(ドーハ)では100キロ級銀メダル。2007年全日本では準決勝では井上康生に勝利したが、決勝で鈴木に敗れ、連覇はならなかった。

2008年4月29日、全日本選手権決勝で三度鈴木桂治と対戦し、優勢勝ちを収め、2年ぶり2度目の優勝を飾ると共に、北京オリンピック柔道男子100kg超級日本代表選手に選出された。2008年8月15日、北京オリンピック柔道男子100kg超級に出場、アブドゥロ・タングリエフ( ウズベキスタン)と決勝で対戦、相手を終始圧倒し、優勢勝ちで金メダルを獲得した。100kg以下級であったが、2007年秋ごろから100kg超級に転向した。 左利きで、超級のクラスでは上背はないものの、その筋肉量、スタミナはトップクラスである。練習の虫で、特にウエイトトレーニングは寝る間を惜しむほど行っている。

日本の柔道も変わった。彼は柔道だけでなく、レスリングやブラジリアン柔術の道場にも1人で出かけて腕を磨く。 積極的に他競技の技術も学んでいる。現在ブラジリアン柔術は茶帯。読書が好きという一面もあり、戦国物やイチローなど、他のスポーツ選手の練習やメンタル方法や自己啓発本などを読んで、柔道にどんどん取り入れている。石井の存在が日本柔道のプライドを保った、最年少の彼が。変化しなければいけない時に過去に固執していたのでは取り残される。結果が全てのスポーツの世界、戦いだと彼は言い放っている。一本を獲る柔道に執着するあまり、勝負に負けてしまっては本末転倒だ。たとえ若い人であっても学ぶことは素直に取り入れたい。そして本質を見極める目を育みたいものだ。
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by suzunobu-nigaoe | 2008-08-19 23:59 | 1985-1989(20~24才)


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