鈴信博堂の似顔絵日記

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2008年 07月 31日

あれからもう3年。【本田美奈子】

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本田美奈子.本名:工藤美奈子、1967年7月31日生まれ。(今日が誕生日)埼玉県朝霞市出身。堀越高等学校卒業。1980年代後半を代表するアイドル歌手であり、1990年代以降は主にミュージカルで活躍した。2000年代に入ってからはクラシックとのクロスオーバーに挑戦するなど、活躍した領域の広汎さでは日本の芸能史上出色の存在である。中学生の時『スター誕生!』のオーディションを受けたが、決戦大会ではスカウトは受けず少女隊のメンバーを探していたボンド企画に見出され芸能界に入った。しかし当初の構想に反し、その歌唱力の高さを見込まれソロ歌手として活動することになった。1984年第8回長崎歌謡祭でグランプリを受賞。翌1985年4月20日東芝EMIから「殺意のバカンス」でデビュー。新人歌手としては異例の武道館コンサートを成功させた。

1986年2月5日「1986年のマリリン」をリリースし大ヒットとなった。へそを露出させた衣装や激しく腰を振る振り付けなど当時のアイドル歌手としては異例の演出と相俟って彼女の名を広く世間に知らしめた。同曲は今もって本田の最も有名な楽曲である。1990年ミュージカル『ミス・サイゴン』のオーディションを受け、約1万5000人の中からヒロインのキム役に選ばれた。1992年5月5日『ミス・サイゴン』日本初演。以来一年半のロングランをこなし、その歌唱力、演技力を高く評価された。1994年『屋根の上のバイオリン弾き』、1996年『王様と私』にタプチム役で出演。1997年『レ・ミゼラブル』にエポニーヌ役で出演。高い評価を受ける。しかしながら2005年11月6日、家族らの見守る中、白血病を患い逝去した。38年と3ヶ月の生涯だった。

生きていたら41歳。まだまだ、アーティストとして十分に活躍できる年齢と実力を持っていたのに、人生は本人の意思と拘わらず突然幕を降ろされてしまう。心残りだろうな…。まだ健康で生きられているだけ喜ばなければならない。当たり前じゃないんだよね、こうして日々送れると言うことは。嫌なことも上手くいかないことも確かにあるだろう。でも被害妄想になってはいけない。決して自分だけじゃない。生きられなかった彼女の分までなどとおこがましいことを言うつもりはない。今生きているこの人生は限りあるものなんだと再認識させてもらえて感謝である(-_-;)
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by suzunobu-nigaoe | 2008-07-31 23:59 | 1965-1969(40~44才)


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