鈴信博堂の似顔絵日記

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2008年 07月 29日

50歳を迎えた実業界のセンタープレイヤー。【三屋裕子】

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三屋裕子、1958年7月29日生まれ。(今日が誕生日)日本バレーボール協会理事。福井県勝山市出身。中学からバレーボールを始め、八王子実践高校から筑波大学に進学する。1981年、日立製作所に入社。日立女子バレーボール部、全日本代表の主軸選手として活躍し、1983年のアジア選手権で優勝。1984年、ロサンゼルスオリンピックで銅メダルを獲得した。最高到達点310cmという高さを誇り、攻撃型のセンタープレイヤーとして活躍した。現役時代のニックネームは「サイ」(三ツ矢サイダーのサイからとったもの)。

引退後は、國學院高等学校の教師を経て、1985年から学習院大学助手、1987年に同大学講師に就任した。2004年4月、女性下着の訪問販売会社シャルレ(現テン・アローズ)の社会貢献活動に参加していたことがきっかけで同社顧問となり、同年6月29日付で社長に就任。しかし業績悪化や経営方針の違いから創業家と対立、2007年6月27日、テン・アローズ(旧シャルレ)と子会社のシャルレ両社の株主総会にて、両社の社長職を解任される。この時、三屋は記者会見で「1980年のモスクワオリンピックで、ボイコットにより出場出来なかった時と同じような気分」と涙ながらに語った。2006年、日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)理事。2007年4月から日本バレーボール協会理事。またスポーツコメンテーターとして、テレビ等で活躍している。

シャルレ代表退任劇では苦い思いをした彼女であったが、今は元気にコメンテーターをはじめ多くの媒体で活躍している。スポーツ選手の引退後はどちらかと言えばその道の世界でしか対応できない人が殆どだが、さすが元頭を使うポジションだけあって、スポーツ選手でも実業界で十分通用することを証明してくれた功績は大きい。われわれだっていつも同じ環境で漫然と過ごせる保障は何もない。たとえ、異なった状況が訪れても、逞しく果敢にチャレンジする姿勢があれば人生は変えることができる。最初から諦めないことだ。人と交わることだ。意外な明日が待ってるかと思えば人生これまた楽しい。
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by suzunobu-nigaoe | 2008-07-29 23:59 | 1955-1959(50~54才)


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