鈴信博堂の似顔絵日記

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2008年 07月 17日

「あしたま!」じゃないよ。【浜田麻里】

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浜田麻里、1962年7月18日生まれ。血液型A型。東京都出身。青山学院大学中退。中学生の頃からコマーシャルソングの吹き込みで活躍し、都立武蔵丘高校入学後になるとパンクロックバンド「麻里バンド」を結成。更に青山学院大学でも「Misty Cats」のヴォーカルとして活躍し、1983年「麻里ちゃんはヘヴィ・メタる」のキャッチフレーズでメジャーデビュー。1980年代の女性ロックヴォーカリストの旗手として注目を集め、当時のハードロックジャンルとしては異例ともいえるアルバム売り上げを誇っていた。1985年には初のシングル盤となる「Blue Revolution」を発表。この頃からプロデューサーとしても名を連ねるようになる。

1987年発表の「In The Precious Age」から録音場所を海外へ移し著名なプロデューサー、ミュージシャンを起用しアルバムを製作するようになる。この頃から初期にみられたハードロック色の強い曲調からポップさも取り入れた幅広い音楽性を表現しファン層をさらに広げる。1988年にはソウルオリンピックのNHKのテレビ・ラジオ中継のイメージソングとして「Heart and Soul」が採用された。翌1989年の『Return to Myself ?しない、しない、ナツ。』がオリコン初登場5位。また同年に行われた日本武道館での単独コンサートも成功させた。2002年、赤坂Blitzにて9年ぶりとなるコンサートを行った。現在1?2年に1枚ほどのペースでオリジナルアルバムを発表、年1回のペースでライブツアーを行い、「アンチエイジング」な歌声と容姿を披露し続けている。なお、「あしたま」でお馴染みのタレント・女優・歌手の濱田マリとは読みに関しては同姓同名だが別人である。

露出は多くは無いが、今もってミュージシャンとして頑張っている一人だ。ご存知ない方も多いかも知れないが、一時はプリプリや工藤静香らとヒットチャートのトップを競ったものだ。「あの人は今…」的な趣で描いたのではない。スピードはその人に合わせてで十分だと思う。たとえば車と自転車、それから徒歩。目的によって乗り物も異なるが、見える景色も大きく変わる。若いときは走りすぎて見えなかったものが、歳を重ねると見たくなることもある。私は今、免許が無いから選択肢として自転車か徒歩だ。速さは求められても難しいが、止まらないで走り続けることならできそうな気もする。つい、比較しがちの人生ではあるが、自分だけのマイ・ロードを心地よいスピードで進めるのも悪くはない。
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by suzunobu-nigaoe | 2008-07-17 23:59 | 1960-1964(45~49才)


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