鈴信博堂の似顔絵日記

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2008年 07月 01日

記憶に残るプリンセス。【ダイアナ妃】

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ダイアナ (プリンセス・オブ・ウェールズ)、1961年7月1日生まれ。(今日が誕生日)1997年8月31日逝去。(満36歳没) イングランドノーフォーク出身。それぞれ第2位および第3位のイギリス王位継承者であるウィリアム王子およびヘンリー王子の実母。 2002年BBCが行った「偉大な英国人」投票で第3位となった。ダイアナは最初はノーフォーク、後にケントの寄宿学校で教育を受けたが、成績は悪かった。ただ、乗馬や水泳などのスポーツやピアノは得意だった。16歳の時にスイスの花嫁学校に入っている。

スイスから帰国したダイアナは社交界にデビューし、1978年11月にバッキンガム宮殿で開かれたチャールズ王太子の誕生日パーティーで初めて将来の夫と対面する。やがてダイアナはロンドンのアパートで住むことを許され、保育士として働きはじめた。1980年7月ダイアナは再びチャールズと出会い、交際を深めていった。だが、チャールズには既に恋人のカミラ・パーカー・ボウルズがおり、カミラがチャールズにダイアナとの結婚を薦めたと言われる。1981年2月24日チャールズ王太子とダイアナの婚約が発表された。1981年7月29日、20歳の時にチャールズ王太子とロンドンのセントポール大聖堂で結婚した。チャールズとカミラの交際は世間に知れ渡り、これを機にダイアナも王室職員やさまざまな男性と大っぴらに付き合うようになった。夫婦は1992年12月9日に別居し、1996年8月28日に正式離婚した。ダイアナはプリンセス・オヴ・ウェールズ(ウェールズ大公妃)を引き続き名乗ることと、ケンジントン宮殿の居住を認められ、その後は対人地雷廃止運動やエイズ啓発活動などに関っていた。


パリ・アルマ橋の事故現場に建つ記念碑「自由の炎」1997年8月31日に、フランス首都のパリで、当時の恋人であるエジプト系イギリス人の大富豪のドディ・アルファイドとともにパパラッチに追跡された果てに、乗車したパリのリッツ・ホテルのメルセデスベンツのハイヤーがパリ市内のトンネル内で交通事故を起こし急逝した。36歳という若さであった。彼女がこの世を去ってから既に10年の時が流れる。人間の死はあっけない。私も同級生の親友を25歳の時に交通事故で失くした。後には悲しみだけしか残らない。でも、今でも私の周りで見守っていてくれるような気がする。自殺しない限り死の時間は自分で決めることはできない。生まれる時も同じだ。この二つだけは受け入れるしかない。せっかく頂いた命だから、後悔しないよう生きれたらいい。皆さんもやりたいこと、やってますか?私は…^_^;
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by suzunobu-nigaoe | 2008-07-01 23:35 | 1960-1964(45~49才)


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