鈴信博堂の似顔絵日記

suzunobu.exblog.jp
ブログトップ
2008年 06月 01日

世界中の永遠のマドンナ。【マリリン・モンロー】

c0119436_13415375.jpg

マリリン・モンロー、別名 ノーマ・ジーン・ベイカー、1926年6月1日生まれ。(今日が誕生日)没年1962年8月5日。(満36歳没)アメリカ合衆国カリフォルニア州ロサンゼルス出身。主な作品、紳士は金髪がお好き、七年目の浮気、バス停留所、荒馬と女等。ゴールデングローブ賞 主演女優賞 (ミュージカル・コメディ部門)1959年『お熱いのがお好き』。1950年代中盤から現在に至るまで「アメリカのセックスシンボル」と称される。身長166.4cm 体重53.5kg B94 W61 H86、トレードマークは、真っ赤に塗られた唇、口元のホクロ、モンロー・ウォークと呼ばれた独特な歩き方。フェラガモに作らせた靴のサイズは、24.5cm。ノルウェー人の血を引いているといわれるが、本当の髪の色はブロンドではなく褐色であった。

16歳で、母の家の近所に住むジム・ドハティと最初の結婚をする。その後、スカウトされてモデルとして活動し始める。彼女の夫はモデル業に理解を示さなかったため、結婚から4年で離婚。当時所属していたモデル会社の名は、「ブルーブック・モデルズ・エイジェンシー」。ブルーブックとは、いまでいうアダルト本のことであり、モンローがヌードモデルをしていたことも頷ける話である。1952年の『ノックは無用』で初主演。1953年『ナイアガラ』での腰を振って歩く仕草で世の男性の注目を集める。以降主演作品が大ヒットして一躍トップスターとなった。1954年2月1日に元野球選手ジョー・ディマジオと結婚。読売ジャイアンツの招きもあり、新婚旅行を兼ねて日本を訪れたが、結婚生活は9か月しか続かなかった。1962年8月に36歳で死去。死の直後、マスコミでは死因は睡眠薬の大量服用による急性バルビツール中毒で、自殺の模様と大々的に報道され、世界に多大な衝撃・悲嘆が駆け巡った。ただのドラッグ・オーバードーズであるとの声もある。

短く華やかな生涯である。映画スターにはこのような波乱の人生を送られた方が少なくない。太く短く、細く長く、どちらがいいのかわからないが、これとて本人に選択肢は無い。私の親友は25才の時に交通事故でこの世を去った。新聞社に勤めたばかりで前途ある未来が一瞬にして幕を閉じた。今でも彼が自分の近くにいるような気はするが、生きていてくれたらどんなにいいだろうか…と言う思いは未だに変わらない。だからと言うわけではないが、後悔だけはしないよう、目の前に訪れたチャンスはチャレンジしてみたい。変化を英語で書くとCHANGE。GをCに置き換えるだけで意味合いが変わる。チャンスとはほんの僅かな機微を捕らえられた者だけに訪れる褒美のような気がする。既に没後46年経つが、世界中に多くのファンを持つマリリンに追悼の意を表したい。
[PR]

by suzunobu-nigaoe | 2008-06-01 13:43 | 1925-1929(80~84才)


<< 全局出演達成!【久米宏】      作家としての評価も高い。【品川祐】 >>