鈴信博堂の似顔絵日記

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2008年 05月 15日

13人目の400号達成、本人も喜ぶ。【金本知憲】

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金本知憲、1968年4月3日生まれ。身長180cm、体重88kg。 広島県広島市出身。阪神タイガース所属。外野手。ファンやマスコミからはアニキ(兄貴)、平成の鉄人、西の番長などと呼ばれる。背番号は6。広島・広陵高等学校に進学し硬式野球部入部。金本の1学年上が桑田真澄・清原和博のKKコンビで、清原マニアであったことを自認。現在は親友としても知られている。大学4年、第40回大会(1991年)では3度目の決勝戦進出を果たし、関西大学を相手に延長17回の熱戦を繰り広げ、ついに念願の初優勝。左手首のはく離骨折という大怪我を抱えながら勝ち越しの2点タイムリーを放った金本は、東北福祉大初優勝の立役者となった。同年、第20回日米大学野球選手権では日本代表に選出され、チームの勝利に貢献。

1991年のドラフトで斉藤肇の外れ4位で地元の広島東洋カープに入団。入団後の2年間は芽が出なかった。しかし、1994年後半から頭角を現し17本塁打を放つなどレギュラーに定着。1995年にベストナインを獲得した。以降、1996年に初の3割をマークすると、1997年には2年連続3割、そして初の30本塁打を達成。2000年、それまで不動の4番打者だった江藤が巨人へ移籍した事により4番に抜擢され、史上7人目のトリプルスリーを達成、2001年には39年ぶりに毒島章一の記録を大きく更新する1002打席連続無併殺打の日本記録を樹立、同年の128四球は個人年間四球の歴代5位と、主砲として大活躍、広島にとってなくてはならない存在となる。阪神の球団改革の一端として移籍した金本は、同時に移籍した下柳剛と共に長年チーム内に蔓延していたぬるま湯体質の是正の旗手となった。2003年は開幕から3番打者として定着。球際に強く球界一と言われるほどのスイングスピードという本来の特徴をフルに発揮、長打を量産するようになる。2000本安打を今年4月12日に達成。更に13日の広島6回戦で、今季6号の2ラン本塁打を放ち、通算400本塁打を達成した。プロ野球15人目。

野球選手の功績をたたえる時、どのように文章を連ねていいのか大いに迷う。彼の場合も現在は大絶賛されているものの、ここに到達するまでに様々な紆余曲折があった。しかし、それらを乗り越え、野球界では特別な存在のひとりとなっている。また、多くの熱烈なファンに支えられており、彼の持つ魅力は言葉では語り尽くせない。年齢に関係なく、学ぶところの多い人だ。先日もあるテレビ番組で、引退するまでシーズンオフはないと紹介されていた。物事に対する姿勢が凛としたものを感じる。私に欠ける部分だが、これからの活躍を期待しつつ私もいい影響を受けるよう頑張りたい。
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by suzunobu-nigaoe | 2008-05-15 23:59 | 1965-1969(40~44才)


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