鈴信博堂の似顔絵日記

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2008年 04月 28日

女優にとって離婚は必須科目?【内田有紀】

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内田有紀、1975年11月16日生まれ。東京都出身。血液型O型。身長165 cm、体重49 kg。藤村女子中学・高等学校中退。中学時よりモデルとして活動開始。フェンシング都大会で3位入賞の実績がある「有紀」という名前は「世紀を越えても有名な子になるように」という祖母の願いから付けられた。1992年、フジテレビ系「その時、ハートは盗まれた」で女優として芸能界デビュー。同年冬には、1993年のユニチカの水着キャンペーンモデルとして選出され活動を開始。1993年、覚えやすい名前とスレンダーな健康美人という当時の流行りによくマッチしていたコトもあり大ブレイク。また、ボーイッシュスタイルの髪型もデビュー当初の内田のトレードマークであった。

1994年には「時をかける少女」でドラマ初主演し、同年「TENCAを取ろう! ~内田の野望~」で歌手デビュー。同曲は主演ドラマ「半熟卵」の主題歌ともなり、オリコン初登場1位を獲得した。翌1995年には映画に進出し、以降、歌と女優業を軸に活動する。「二重にし、目の下の涙道に液を注入し膨らまし、唇をふっくらさせる為に同様に液注入」と自らの整形をカミングアウトしている。。2002年、俳優の吉岡秀隆と結婚。同年11月28日をもって芸能界を休業したが、2005年12月に離婚していたことが明らかになり、2006年7月2日芸能界に復帰した。2006年7月2日スタートのTBSドラマ「誰よりもママを愛す」で、主演の田村正和が演じる専業主夫の長女役で女優復帰。女優業は2002年9月放送のフジテレビ「北の国から2002遺言」以来約4年ぶり。

離婚歴連続3人目。不謹慎ながら結婚も職業と考えると、彼女は上手く再就職できたわけだ。一度職を離れるとなかなか雇ってくれる所など無いのが実情である。それでも復帰できるのは過去の実績と、即戦力への評価だろう。ブヨブヨと身体が緩んでいてはいけない。なにしろ彼女の場合は見られる仕事なのだから。言わば格闘技の選手と大差は無い。人間、一生安泰の所など無いんだということを肝に命じて置かなければならない。どんな時も最悪を考える習慣を持つことは必要だ。アタフタするのはカッコ悪い。私なんか常にそういう思考回路が習慣になっちゃって(^_^;)
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by suzunobu-nigaoe | 2008-04-28 23:59 | 1975-1979(30~34才)


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