鈴信博堂の似顔絵日記

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2008年 03月 31日

37年ぶりにボンカレーの看板に。【松坂慶子】

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松坂慶子、1952年7月20日生まれ。東京都大田区出身。血液型A型。父親は在日韓国人。母親は日本人。中学3年生で「劇団ひまわり」に入団。1967年、『忍者ハットリくん+忍者怪獣ジッポウ』でテレビ初出演。日本大学第二高等学校に進学、高校時代にスカウトされ、1970年に大映で本格的に映画デビュー。1972年に松竹へ移る。1979年に、ドラマシリーズ『木曜座・水中花』において、自らテーマソング『愛の水中花』を歌うとともにバニーガール役に挑戦し、セクシー女優としての地位を固めたことで一躍ブレイクし、1980年代には『青春の門』『男はつらいよ 浪花の恋の寅次郎』『蒲田行進曲』『火宅の人』『椿姫』『死の棘』などの映画や、『春の波涛』などのテレビドラマに出演し、日本を代表する女優として不動の地位を確立した。

1991年、ジャズギタリストの高内春彦と結婚し、一時期米国に移住したが、結婚にまつわる騒動が収束して以降は、再び日本でトップ女優として活躍を続けている。2000年には、「東京電話」のCMで大根を持った主婦をコミカルに演じて新たなイメージを開拓した。2002年にはヘアヌード写真集『さくら伝説―松坂慶子写真集』をヒットさせた。篤姫 (2008年・NHK大河ドラマ)にも出演中。

女優と言う職業のために生まれてきたかのような人だ。表情・しぐさをコントロールし、様々な役を演じきる。よく一度きりの人生と言うが、俳優さんはいろんな人生の断片を瞬間瞬間感じられる面白い仕事だ。子供の頃は大人になったら何になろう、と言った職業に対する夢が誰しも持っていたような気がする。私の場合は確か先生だったような気がする。但し、色弱の人にはその資格がないと中学のときに気付き幼い夢は潰えた記憶がある。色弱と言ったって一度は免許も取ったのだから日常生活での支障はさほどないが、コンプレックスではあった。夜空の星の色がまず分からない。でもその分、痛みの分かる人間にはなれた気もする。誰しもひとつやふたつ、不具合は抱えている。それすらも受け入れてしまえば気は楽だ。
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by suzunobu-nigaoe | 2008-03-31 23:59 | 1950-1954(55~59才)


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