2008年 03月 24日
朝青龍明徳、1980年9月27日生まれ。モンゴル・ウランバートル出身。身長184cm、体重148kg。若松部屋→高砂部屋。幕内優勝22回を達成した平成の大横綱。四股名の由来は、高校在学時に世話になったという高知県土佐市の青龍寺で、また、「明徳」という名前は出身校である明徳義塾高等学校にちなんで名づけられた。愛称は本名からとった「ドルジ」。左利きであり、塩を左手で撒く数少ない力士の一人である。15歳でモンゴル相撲を始め、ナーダムの相撲少年の部で優勝した。1997年に日本の明徳義塾高校に相撲留学し、2年後に高砂親方によるスカウトにより、高校を中途退学して角界に入門した。2001年1月場所に新入幕し、翌年7月にモンゴル出身の力士として初めて大関に昇進し、同年11月場所、翌年1月場所に連続優勝して横綱に昇進した。 2003年結婚する。またこの年、長女が誕生する。2004年1月場所・3月場所で、2場所連続全勝優勝(30連勝)を果たした。8連覇を目指した2006年1月場所では11勝4敗に終わる。同年前半は力の衰えも指摘され始めたが、7月場所に復帰すると11月場所の全勝を含め翌2007年1月場所まで4場所連続優勝し、史上5人目、外国人力士では初となる20回目の優勝を果たした。同場所千秋楽翌日の1月22日、週刊現代に自身の八百長疑惑が掲載された。詳細は武田頼政を参照。横綱としての品格が取り沙汰されるが、昨日千秋楽の大阪場所で白鳳を下し優勝する。 国技として横綱の品格を評論家は云々するが、相撲は格闘技であり勝敗による結果が全てだと私は思う。一連の騒動からもし優勝できなかったら、世間は「やっぱりね。」で終わっていただろう。そういった重圧を押しのけて結果を出した彼を賞賛したい。個人的に好き嫌いはない。ただ、世の中いじめにも似て、集団で流行のように一個人を責める傾向がこの日本にはある。集団心理に近いものだが、人と同じでないと不安になる人が多いが、私はどちらかと言えばその逆の生き方をしてきた。それはそれで割り切ると心地いい。世の中、人と違った個性を認め合い評価できたらきっと豊かな人間関係が築けると思うのだが…。そういった意味でも人との出会いを大切にしたい。 今日オープンの「ライブ酒場 さんろすLIVE」の割引クーポン。マスターから皆様にヨロシクとのことです。添付しておきますのでご活用ください。料金は普通の居酒屋と変わりません。
by suzunobu-nigaoe
| 2008-03-24 23:59
| 1980-1984(25~29才)
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