鈴信博堂の似顔絵日記

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2008年 03月 15日

かつての視聴率女王が今年再始動。【常盤貴子】

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常盤貴子、1972年4月30日生まれ。神奈川県横浜市出身。血液型A型。身長162cm。父親の仕事の都合で一時大阪に転校するが、高校時代に関東に戻り関東学院女子短期大学家政科生活文化専攻卒業。そして1991年夏頃に自らスターダストプロモーションの門を叩き、事務所に所属した。しばらくは下積み生活が続いた。1993年夏、フジテレビ系ドラマ「悪魔のKISS」で一躍新進女優の仲間入りを果たした。トップバストを露わにしてヌードシーンを披露したことでも大反響を呼び、それからしばらくはセクシーな役柄でドラマや映画への起用が続いた。1994年春、CMアサヒ飲料「チャティ」に真っ赤なドレス姿で登場。この頃、アメリカ屋靴店やキヤノン、マンダムなどCM出演をいくつも増やした。

1994年秋、TBS系ドラマ「私の運命」で不倫と純愛の間をさまよう上昇志向の強い看護師役を演じた。この時、制作した貴島誠一郎に才能を見出されたことが、後の「等身大の純愛ヒロイン」としての躍進につながった。1995年夏、TBS系ドラマ「愛していると言ってくれ」では、耳が不自由な青年画家の恋人役を演じ、ドラマは大ヒットした。その後も数々の連続ドラマで主演を務め、1996年春から1997年夏までは5作の連続ドラマにおいて主役級を務め、撮影を連投した。この時期から彼女は「連ドラの女王」と呼ばれるようになった。2000年冬、主演したTBS系ドラマ「ビューティフルライフ」は30%を超える平均視聴率を獲得し、「車椅子 常盤貴子モデル」も登場した。顔をくれた君へ~女医と道化師の挑戦~(2008年3月14日、フジテレビ)主演他、精力的な活動が続いている。

何がきっかけで女優の階段を駆け登るか分からない。彼女も歩けない女性の役でブレイクしたが、歩くと言えば昨日万歩計をなくしてしまった。2週間分メモリに取り込めて、パソコンでグラフが作れる優れものだったが、これでなくすのも3回目なので万歩計は諦めることにした。だって、もう統計的に日々1万歩は歩いていて1ヶ月を通してみるとそれほど大きな変化は無い。それなら歩数と言う数字に踊らされない日常を過ごしてもいいのではないかと発想を変えることにした。数字を見るのが楽しみではあったが、だからと言って何が変わるわけではない。なのに、歩いてないときにはプレッシャーを感じて凹んでいた自分がいた。さあ、今日からはまた新たに楽しんで歩くことにしよう。
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by suzunobu-nigaoe | 2008-03-15 21:13 | 1970-1974(35~39才)


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