鈴信博堂の似顔絵日記

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2008年 01月 19日

日本ランキング1位、北京オリンピック内定者。【福原愛】

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福原愛、1988年11月1日生まれ。血液型B型。宮城県仙台市生まれ、早稲田大学スポーツ科学部1年生で全日本空輸(ANA)所属。日本オリンピック委員会・選手強化キャンペーン・シンボルアスリート制度適用選手。2007年11月時点での世界ランクは10位。3歳9ヶ月から卓球の英才教育を受け、4歳でテレビに初登場し、「天才卓球少女」「泣き虫愛ちゃん」と呼ばれるようになった。一躍国民的アイドルとなった5歳10ヶ月で全日本選手権バンビの部(小2以下)史上最年少で優勝、以降数ある大会で優勝し、史上最年少記録を多く作った。

小4でプロ宣言し、ミキハウスと専属契約を結び、仙台より大阪へ引っ越した。小6の6月に、ITTFジャパンツアー一般の部に選ばれ初出場で代表デビューを果たす。中1の4月に公立中学に入学したが、卓球面での環境を考え青森に引越した。以降、中学の3年間は世界各地のITTFツアーに数多く出場。安定した成績を見せ、世界ランキングを上げていった。この頃国内の高校以下では無敵となり、また国際試合での強さも見せ、国内シニアの選手にも勝てるようになっていった。選考会などを経て14歳の若さで世界卓球選手権に抜擢され出場したが日本勢の中で一人躍進、ベスト8まで進む快挙を成し遂げた。このことが、アテネ五輪出場につながった。2007年4月3日、全日本空輸(ANA)との所属契約(単年)を発表、同時にグランプリとの4年契約を2年で終了したことを発表した。2007年5月の世界選手権個人戦では3回戦敗退。大学の試合には春季リーグ以降出ておらず、個人練習での強化につとめている。TVでは2007年4月よりとっさの中国語にレギュラー出演中。

英才教育。ひたすら卓球漬けの毎日。本人の意思なんて入る隙間もない。今でこそ実力、人気、実績もついてきたが、愛ちゃん自身はどのように感じてきたのだろう?幼児期には、環境は与えられない限り身に付くことはない。もちろん物心付けば選択の自由もある。自分の子供にどこまでやらせるのが本当の意味での本人のためなのだろうか?私は一人娘の親ではあるが、幼児期の教育には殆ど口を挟めなかった。娘の母親の主張があまりにも強く、聞く耳を持つ人ではなかった。父親とは一般的にいつも傍にいるわけではないから、母親の影響を強く受けて育つ。仕方のないことなのだろう。愛ちゃんの両親も教育の方向性で揉めたらしい。結局は主張が強い者の意見が採用されていく。本当にこれでいいのだろうか?かと言って、それに対抗する術は今もって知らない…。
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by suzunobu-nigaoe | 2008-01-19 23:59 | 1985-1989(20~24才)


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