鈴信博堂の似顔絵日記

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2008年 01月 01日

明けおめ&ハッピー・バースデー。【増田明美】

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増田明美、1964年1月1日生まれ。千葉県いすみ市出身。中学校当時は軟式テニス部で活動していたが、私立成田高等学校の陸上部監督である瀧田詔生にスカウトされ同校に進学。高校3年生の1981年に開花する。4月19日に中央大学で行われた記録会で10000m、5000mの日本新記録を出したのを皮切りに、出るレースで快記録を連発。6月までにトラックの3000m・5000m・10000mとロードの10キロ・20キロの日本記録をすべて塗り替える。1982年2月21日、初めてのフルマラソンで2時間36分34秒の日本最高記録で優勝し、途中計時の30キロも合わせて、長距離全種目の日本記録を1年で塗り替えるという快挙を達成した。

社会人になってからは記録の波に悩むが、旭化成の宗兄弟から「リラックスして走る」ことを教えられて復帰。1983年9月11日にアメリカ・オレゴン州のマラソンで 2時間30分30秒の日本最高記録を再び樹立。ロサンゼルスオリンピックでは、16Km付近で再び途中棄権となってしまった。このことが大きなダメージとなり、同年秋には「引退会見」を開いて川崎製鉄を退社。一時期選手として復帰するも長くは続かなかった。正式引退後は、スポーツライターに転身し、新聞や雑誌に寄稿したり、陸上競技・ロードレースの解説を中心に放送に出るようになる。 解説については、スポーツ界屈指の名解説者であるといえる。オリンピックの女子マラソンでも、アトランタオリンピックとアテネオリンピックではラジオ、シドニーオリンピックはテレビの解説を務めた。2005年1月、ファイナンシャル・プランナーの井脇祐人氏と結婚。

今やマラソンの解説には欠かせない彼女。今年はオリンピック・イヤー。今日も正月から彼女の解説が光っていた。順風満帆の人生ではないからこそ、解説にその生き様が映し出される。当時の女子スポーツ選手は、ビジュアル的ではなかった人が殆どだったが、彼女もその代表的なひとりであった(失礼)。しかし今、彼女の顔を見ると素敵な女性に変身しているように思える。たぶん人間と言うのは、表面的な美しさだけよりも心の充実感が大切だと言う証でもあるだろう。昨年を代表する感じは「偽」だったが、今年はその反省も込め中身のある「真実」を自他共に求めて生きたい。遅ればせながら、おめでとうございます。そして、本年もよろしくお願いいたします。
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by suzunobu-nigaoe | 2008-01-01 18:28 | 1960-1964(45~49才)


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